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□ときパロSS
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01 with clumsy hands  ---音大生真嶋太郎といじめっこ主の2月14日








専攻するチェロのレッスンを終えて

わずかながらに日が長くなった冬の夕暮れを、母校に向かって早足で歩く。

重たいチェロのケースをかすめて後ろに流れていく、真っ白に曇る自分の呼気を横目で見ながら苦々しさを噛みしめる。




「なんで僕がわざわざ出向かなきゃ行けないんだ!」

これがいけないのだと知りつつも、ついつい声を荒げてしまう僕に

『わたしが行く理由がないからです。』


事の起こりである朝っぱらからの電話。

いつものように淡々と僕の気を逆撫でする彼女の甘い声。

僕を玩ぶその憎たらしいほど甘い声に

結局いつも僕はこうして、彼女の元に馳せ参じる羽目になる。






下校時刻を過ぎた学園には、遠くに見える校舎に明かりが灯るだけ。

グラウンドの照明も落ちていて、生徒の姿は見当たらない。

だけど

こんな時間になるだろうことは伝えてあるし……高慢に呼び出されたとは言え、今日が何の日か考えれば帰ったとは思えない。

どんな意味があるにせよ、彼女にはバレンタインのチョコを渡すという、待つに値する理由がある。

たとえそれが僕のいる大学に来る理由にはならないとしても、だ。





通い慣れた昇降口までの道を、なんとなくくすぐったい気持ちで歩く。

彼女は一体どんな顔をして僕にチョコをくれるんだろう?

照れたように微笑むだろうか。

それとも意地をはってそっぽを向いて

なんにせよ、いつもの意地の悪い表情を僕のために崩してくれるならそれでいい。

今日は女の子から好きな人に、思いを伝える特別な日  だろう?






「寒い」

僕の姿を見るや否や、彼女が発した言葉。

文句を言う風でもなくただぽつりとつぶやかれた言葉に、僕は黙って彼女の元に歩み寄る。


彼女は靴箱の前にぺたりと座り込んでいた。

最低限の明かりだけが灯る薄暗いこの場所で、彼女はどのくらいこうしていたんだろう。


「なにもこんなところで待ってなくてもよかったのに。」

彼女の前に立ち、見下ろす。

闇の中にぼんやりと浮かぶ彼女の瞳は、僕を確かに見上げているのに、なぜだか威圧的なもので。

寒さのためではなく背筋がぞくりと粟立つのを感じて、僕はゆっくりと彼女の前に膝をついた。

がたり、とチェロのケースがコンクリートの床にこすれて硬い音を立てる。


「……遅くなってごめん」

「靴が」

すっかり冷え切った彼女の頬に手を伸ばして謝る僕を

彼女はまるで気にも留めていないというように、たたんでいた足をぞんざいに伸ばした。

「靴紐が解けて。」

「……靴紐?」


すぐには理解できずに彼女の足元を見ると、たしかに靴紐の解けたスニーカー。


「……それがなにか」

「結んで下さい。」

「なぜ僕が。」

「縦結びになるの嫌だから。不器用なんですわたし。」


悪びれずに言う彼女の、靴を引っ掛けたままの足に手を伸ばして、物言いたげな彼女の瞳に操られるように自分の膝の上に抱え込む。

遠慮なく押し当てられる硬く冷たい靴底の感触に、多少なりともざわつく胸を抑えて悴みはじめた指を動かす。

彼女の考えている事がわからないのはいつもの事だ。

単に僕をからかって遊んでいるんだろうと思える時もあれば、こうしてわざと嫌われようとしているのかと疑いたくなる時もある。

考えてもわからない煩わしさと答えをくれない彼女へのもどかしさで、いつも僕は一人で怒って背を向けて、追いかけてこない彼女に憤って。

……まるで彼女の掌でころがされるような日々。



「……出来たよ。」

靴紐を結び終えて彼女の足を下ろし、立ち上がりながら彼女にも手を差し伸べる。

「どうも。」

短く言って一人でさっさと立ち上がった彼女は、いつものように自分の荷物を僕に押し付けて歩き出すんだ。








「それで、なに?」

駅へと向かう道を彼女の痕を追うように歩きながら、何も言わない彼女に焦れて口を開く。

苛立ちを隠したつもりだったけど、それはあまりうまくはいかなくて。

「なにか用があって呼んだんだろ?」

気が付けば、立ち止まって振り向いた彼女にぶつけるように言葉を吐き出していて。

「まさか靴紐を結ばせるためなんて言わないだろ!?」

「まさか。そんなの朝から予知できませんよ。」

僕の言葉におかしそうに目を細める彼女の言葉に、情けないほど安堵した。

「もしかしてバレンタインのチョコとか期待してます?」

「っ!」

直球で図星を指されて思わず言葉に詰まる。

その反応は彼女のお気に召したようで。

くすくすと笑みを零して僕を見る彼女の目は、日の沈んだ空にぽっかりと浮かんだ、その月よりも冴え冴えしく冷たい。

「ないですよ。わたし、世間の波には乗らない性質なんで。」

「!?じゃあなんで!」

「先輩だったら大学でたくさんもらえたんじゃないんですか?」

「そういう問題じゃない!」

「貰ったチョコ、どうしたんですか?」

「……っ」


僕の言葉なんて届いて居ないかのように、彼女はあくまでもマイペースに質問を投げかける。

息を吐くと同時に押し寄せる、どうしようもないほどのやりきれなさ。

……所詮、僕は彼女のおもちゃでしかないのか。






どっと肩にのしかかるチェロの重み。

それ以上に胸が押し潰れそうな重たい塊を、なんとか吐き出せないかと口を開く。

「……ここに来るのに邪魔だから全部断ったよ。」

「へぇ。」



気のない返事。

一体僕は、なんのためにここにいるんだろう?

彼女の靴紐を結ぶため?

彼女の荷物を持つため?

そんなのもうたくさんだ。

立ち止まったままの彼女とすれ違い様に、彼女の手に彼女の鞄を押し付ける。

それはするりと彼女の手をすり抜けて、どさりと重い音を立てて地面に落ちた。





「……思った通りだ」




静けさに響いた落下音に、かき消されそうなほど小さな彼女の声。




「え?」

「じゃなきゃ先輩、たくさん貰うと思ったから]



反射的に聞き返した僕に、返ってきた甘い声と思いがけない満面の笑み。

「……先輩の貰ったチョコ、献上させようと思って呼んだんですよ。失敗したなぁ。」

言葉の割に上機嫌な彼女は、身をかがめて落ちた鞄に手を伸ばす。

その様子を呆然と見ていた僕は、その動作に我に返る。

「ああ、ゴメン。僕が持つよ。」

「そうして下さい。」

差し出した手に、当然のように委ねられた彼女の鞄。

「!」

「……わたし不器用なんで。」



いつもの意地の悪い表情に戻った彼女が、伴奏膏だらけの指を隠してつぶやいた。

それは手作りチョコ失敗の徴?

思いがけない彼女の可愛げに、尖った心がふにゃりと溶ける。


「……家に着いたら、靴紐解いてくださいね?」

「……喜んで」








そしていつも、結局僕は


     君の足元で喉をならすんだ

















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バレンタインデー企画一発目です!
ですが、一体何が書きたかったんでしょう?
答え:それは『男に靴紐を結ばせる』シチュエーションです!
それだけです。こんな動機ばっかです。

真嶋はあんまり好きなキャラではないのですが(真嶋スキーな方すいません)、やたらMキャライメージが強いのは間違ってないでしょうか?

ちなみにこの主人公ちゃんはSキャラではなく、あくまでも「いじめっこ」です。
まあこんなほろ苦話もよしとして、寛容に読み飛ばしてくださると助かります。

ってかチョコあげてないしね。
まあ「わたしをア・ゲ・ル」的なアレだということでひとつ。


              09・02・04 

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