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□『きっと、彼なら』SS 4編
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「そういえば」

 お客さんのいない珊瑚礁。

 マスターは用事を済ませに外に出て、今は瑛くんと私の二人きり。

 手持ち無沙汰のため、ゆっくりテーブルを拭きながら窓の外を眺めていた私は、ふと思い立って口を開いた。

 気だるそうにカウンターにもたれながらも、こまごまと手近な小物を磨きながら、瑛くんは視線だけを私に向ける。

「…………。」

 その顔を見て、私は続けようとしていた言葉の代わりにため息を漏らした。

 そりゃあ瑛くんは珊瑚礁でも学校でも常に猫かぶり続けてるし、しかも今日は一学期期末テスト明けのバイト中で、いつもより疲労感が漂ってるのはわかってるよ?

 だけど……いくらなんでも、その死んだ魚のような目はないと思う。


「……そういえば、なに。」

 きわめつけに、不機嫌極まりない声音。

「……なんでもないですー。」

 私はちょっとだけムッとして、会話するのを諦めた。

「あのなぁ。言いかけてやめるなんて卑怯だぞ?」

「卑怯って……ツマンナイ話だから、もういいよ。」

「やめるくらいなら最初っから言うなよ。気になるだろ?」


 瑛くんの目に無意味に強い光が宿る。意地でも言わせてやる、とばかりに、もたれかかっていた姿勢まで正して、私に向き直ってくる始末。


 ……ほんと、子供だ。この人は。




「もうすぐ七夕だなって思って。」

「七夕……ああ、そうか。………。」

「……瑛くん?」

 私の言葉を聞くなり腕を組んで考え込んでしまった瑛くんに、首を傾げながら声をかけると面倒くさそうに睨まれた。

「七夕なんてどうでもいいだろ?仕事しろよ。」

「それはそうだけど……さっきの間は一体なに?」

 考え込んだかと思ったら突然不機嫌になる瑛くんに、理不尽なものを感じながら尋ねると、おもしろくもなさそうな表情。

「なんか七夕ネタで客呼べるか考えてたんだ。」

「七夕ネタ?」

「ハロウィンならかぼちゃ、バレンタインはチョコレート、とかあるだろ?七夕といえばこれ!って食材とかあれば、もっと重宝してやるのにな。」

 さすが商売人……上から目線だな、なんか。
 


「七夕といえば……笹?」

「笹は食えないだろ。」

「笹団子ってあるよ?」

「笹は食わないだろ。」

「……やたら笹に盛るとか巻くとか」

「そんなんで追加料金取れないだろ?」

 ……つまり原価以上にぼったくる気なんだ。

「笹っていやなんで短冊に願い事なんだよ?人の願い事叶える義理なんてないだろ?アイツら。」

 ビミョー、と呟くアンタの心がビミョーだよ、と心の中だけで呟く。



「あ、じゃあこういうのは?」

「なんだ、言ってみろ。」

「だからなんで上から……」

「雇い主だからだ。」

「……あのですね、若旦那。
 ご飲食代金二千円以上のレシート一枚一口として」

「ああ、うちの客単価は千五百円くらいだしな。もう一品追加を狙っての設定か。
 ……それで?」

「それで、そのレシートを珊瑚礁に設置した七夕の笹に飾ってですね?」

「おお、なかなかイベントっぽくていいな。」

「その合計売り上げが目標を達成した暁には……」

「ふんふん?」

「珊瑚礁を執事喫茶にするって言うのはどうでしょう!?」

「………」

「それを大々的に告知すれば間違いなくガッポリと!」

「……ガッポリか」

「そりゃそうですよ!マスターが老執事となって出迎えてくださるとあらば!!」

「じいちゃんかよ!」




 一気に不満顔になった瑛くんは、ぶつぶつと文句を言いながらも脳内シュミレーションを始める。

 意外に採用か!?と勢い込む私に、瑛くんの鋭い眼差しが突き刺さった。


「……うさ耳ショタ執事……」

「瑛くん?今なんて?」

「なんでもない。よし、採用だ!」

「うわぁい!」

「さっそく告知用のポスターを発注しろ!」

「ラジャー!」



 マスターに付き従われる妄想に胸を躍らせる私と、水着エプロンに続く不埒な構想を練る瑛くん。

 七夕イベントは大成功を収めるだろうというマスターの予想は確実に的中するのだろう。






    きっと、彼なら〜商魂編







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だからなんなんだ。
(自分で言っちゃえ)
09/06/17


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