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□『きっと、彼なら』SS 4編
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きっと、彼なら 〜ときめき編〜
「そういえば」
お客さんのいない珊瑚礁。
マスターは用事を済ませに外に出て、今は瑛と私の二人きり。
手持ち無沙汰のため、ゆっくりテーブルを拭きながら窓の外を眺めていた私は、ふと思い立って口を開いた。
「……どうした?」
気だるそうにカウンターにもたれながら手近な小物を磨いていた手を止めて、瑛は首を傾げるようにして視線を私に向ける。
「…………。」
その顔を見た私は、続けようとしていた言葉の代わりにため息を漏らす。
そりゃあ瑛は珊瑚礁でも学校でも常に猫かぶり続けてるし、しかも今日は一学期期末テスト明けのバイト中で、いつもより疲労感が漂ってるのはわかる。
でも、こんな顔を見て心配にならない方が難しい。
「……なんだよ?」
「なんでもない。それよりお客さんいないんだし、部屋でちょっと休んでおいでよ。」
のんびり話してる場合じゃない。少しでも休んで欲しい。
「……大丈夫だ。」
「大丈夫に見えないよ……お客さん来たら呼ぶから、ね?」
不機嫌そうに眉を寄せる瑛をなだめるように声をかけると、小さくため息を吐かれた。
「あのなぁ。言いかけてやめるなんて卑怯だぞ?」
「卑怯って……ツマンナイ話だから、もういいよ。それより」
「やめるくらいなら最初っから言うなよ。気になるだろ?」
瑛の目に無意味に強い光が宿る。意地でも言わせてやる、とばかりに、もたれかかっていた姿勢まで正して、私に向き直ってくる始末。
……ほんと、子供だ。この人は。
ここで押し問答をするよりさっさと話の続きをして、早く休んでもらう方がいいよね。
そう判断した私は、瑛の隣に移動する。
「今日は七夕だったなって。」
座ったまま私を見上げてくる瑛の視線に少し戸惑いながら言うと、瑛は少し呆れたような顔をした。
「……忘れてたのか?おまえ、こういうイベント好きそうなのに。」
「そんな、人をお祭り好きみたいに……好きだけど。」
思わず唇を尖らせた私の言葉に、瑛はおかしそうに笑った。
「だと思った。……な、ちょっと外行かないか?」
「え、でも……」
「いいから来いよ。」
すぐに瑛を部屋に追い払うつもりだったのに、強引に手を引かれて店の外に連れ出された。
「ほら、こっち。」
「どうしたの……あ、七夕飾り!」
やけに楽しげな瑛に手を引かれて珊瑚礁の横に回ると、そこに立てかけてあったのは色とりどりの飾りや短冊が飾られた笹だった。
「ちょっと前から置いてあったのに気付かないんだもんな、さすがおまえ。」
驚いて瑛を見ると、私の反応に得意げな顔をした瑛がにやりと笑った。
「だってテスト前でしばらく来てなかったんだもん!……あ、この短冊、お客さんの?」
目に付いた短冊に踊る女性の文字。
尋ねると呆れたような返事が返ってくる。
「当然だろ?俺がこんなの書くかよ。
『ご自由にお書きください』ってテーブルに置いといたら、あっという間になくなってさ。」
「そうなんだ……。私も書きたかったな。」
ちょっとがっかりして呟くと、再びにやりと笑った瑛が、一番てっぺんに吊るしてあった淡いピンクの短冊を取って私に差し出す。
「そう言うと思ってさ。ほら、おまえの分。」
「さすが瑛!」
何も書かれてない短冊に思わず両手を上げて喜ぶと、瑛は『おまえってホント子供だよな』と照れたように呟いた。
「なにお願いしようかなぁ……瑛はなんて書いたの?」
「あのなぁ……だから、俺がこんなの書くわけないだろ?」
「書かなかったの?」
「……書いたけど、秘密。」
「書いたんだ……。」
「いいだろ、別に!」
「イタッ!!」
照れ隠しのチョップで痛む頭を堪えながら、瑛に見えないようにして書き終えた短冊を飾る。
「今日、曇りだな。」
少し離れた場所でぼんやりと空を眺めていた瑛が呟く。
「あ……ほんとだね。」
見上げると、日暮れと共に濃さを増す空一面に薄い雲がかかっている。残念だけど、今夜は晴れそうにない。
「……なぁ、やっぱり天の川って渡るの大変なのかな?」
「うーん、どうだろう。」
「結構根性で何とかなるもんじゃないかと思うんだけど、俺。」
「……捻くれてるんだから。」
「悪かったな。
……だって、会いに行きたくなるだろ?一年に一度なんて、絶対足りない。
毎日会ってたって全然足りないのに」
「……?」
静かに呟かれる言葉は聞きとり辛くて、だけど聞き返すのは憚られるような瑛の辛そうな瞳。
やっぱり休んだ方がいい。
そう促そうと瑛に歩み寄ると、瑛の口元に穏やかな笑みが浮かんだ。
「……だけど、そう思ったら俺たちって幸せな方だよな。」
「俺『たち』?」
「……なんて、な。ちょっと思っただけ。」
気にすんな、と振り返った瑛の顔からは、さっきの疲れた表情は消えていた。
「さ、戻るぞ?客がいなくても仕事は山ほどあるんだからな!」
「あ、待ってよ瑛!」
「きりきり働け、馬車馬のように!」
くるりと踵を返して珊瑚礁に戻る瑛を慌てて追いかける。
よくわからないけど元気になった……のかな?
首を傾げながら追いつくと、ドアを押さえて待っていてくれた瑛が、思わず見惚れてしまうような笑顔で言った。
「大丈夫。おまえがいるから。」
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ときめき編です!
いやぁもう笹くらい飾っちゃいますよそりゃ。だってときめきだもの!
多分瑛は『アイツともっと一緒にいられますように』的なものを無記名でこっそり飾って
マスターはこれまたこっそりそれを見て(筆跡でわかる)気を利かせて出かけたんじゃないですかね?
ちなみに商売繁盛も願ってると思いますが。
09/06/17
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