「……助けに行けなくて、悪かった。」
せっかく勝利を修めたというのに、コウの表情は冴えない。
「そんなに気にしなくていいのに。遊びだよ?」
ルール無用で雪の中を転げまわるみんなを少し離れた場所で眺めながら、
私はなんでもないって顔で笑う。
コウは助けに来られなかったことに、私はうっかり助けを求めてしまった事に、
それぞれ勝手に罪悪感を覚えながら。
「ホントの敵って訳じゃないし、ホントに何かされるって訳でもないし。それに、ちゃんと一人で撃退できたし。」
別にフォローって訳じゃない。ただ沈黙が息苦しくて、思いつくまましゃべってるだけ。
「だから大丈夫だよ。」
ホントは甘えるみたく寄り添いたいけど、そんな可愛い事はできなくて。
むしろ普段の自分の態度を省みると、そんなことしたらコウをひどく傷付ける気がして。
ね、ってなるべく自然に見えるように笑いかけながら、
気まずい空気ごと振り払わんばかりの勢いでコウに自分の身体をぶつけた。
「……イテェよ、バカ。」
しかしながらびくともしないコウが小憎らしくて、相変わらず立ち尽くすコウの顔を眉を寄せて見上げた。
「痛いよ、もう。」
「テメェがぶつかってきたんだろうが。」
自分勝手な言いがかりをつけてみると、ようやく表情が緩んで。
「温かい飲み物でも買いに行かない?」
敗者の罰だと雪に埋められてる先輩たちを気遣う素振りで、コウの大きな手を引っ張って歩き出した。
ガコン、と缶コーヒーが落ちる音だけが大きく響く。
「ポケット貸して。」
「……おう。」
コウの大きなヴィンテージジャケットの大きなポケットに、遠慮なく缶を放り込んでも持ち主は無反応。
学食の側に設置されてる自動販売機の前に着いても、ずっとコウは黙り込んでた。
気まずさはもちろんあるものの、繋いだ手をしっかり握ってくれてるから許してあげなくもない。
「……なんとなく、だけどよ。」
グラウンドに戻る道すがら、冷え切った手のひらが二人分の熱で少しずつ温まってきた頃、
ようやくコウが口を開いた。
「ん」
言いづらそうに強張る声音。振り向く事はしないで、繋いだ手に少しだけ力をこめた。
「……オマエが呼ぶのはルカだと思ってた。」
「え?」
思いがけない言葉に足を止めたけど、自分でもそうかもしれないなって思いながらコウを見た。
それはほんとになんとなく。
私を助けに来るのはルカで、私ごとルカを守るのがコウ。
私たち三人が過ごしてきた時間が、なんとなくそう思わせる程度の認識。
「だから、っつーと言い訳がましくなっちまうけどよ。……だから、オマエに呼ばれた時、戸惑った。」
「ごめん。」
反射的に謝ると、コウはそうじゃねぇって空いてる方の手を私の頭に乗せた。
「謝んな。……オマエに頼られんのは、悪かねぇ。」
「けど、」
迷惑だったんじゃないかって不安になって、思わず握った手を解きそうになる。
「……バカ、離すな。」
それを握り返したコウの熱が、逆に不安をかきたてて。
守られるだけじゃ嫌だ。足を引っ張るだけじゃ嫌。
「私、大丈夫だよ?助けに来てくれなくても一人で大丈夫!」
大きく首を振って、コウを見上げて、懸命に訴える私の足元から地面が消えた。
「……どこが大丈夫だよ?」
「ごめん……」
積もった雪に足を取られた私の耳を、コウの呆れた声がくすぐる。
今日だけで、もう二回目。支えてくれる腕の感触に、返す言葉をなくしてうなだれる。
「だから、勘違いすんな。迷惑だとか言いたくてこんな話してんじゃねぇんだ。」
背中に回されたコウの腕がまだ離れないから、私とコウの距離はとても近くて。
「だったら、なに……?」
いつも通り可愛げのない私の言葉が、いつもとは違う風に響くのはその距離のせいだ。
「……そういう覚悟を決めとかなきゃなんねぇって事だ。」
「そういう覚悟?」
腑に落ちない単語を繰り返すと、コウが少しもどかしげに私を見た。
「だから、オマエが俺を……」
「私が、コウを?」
至近距離で目と目が合う。それはコウが私を放さないからで、けして私のせいではない。
「なっ、なんでもねぇ!」
ざざっとでっかい後ずさり音が聞こえそうな勢いで、コウが私から離れる。
え、なに今更照れてんのこの人。
「うわっ!」
しかも動揺しすぎて、さっき私が足をとられたとこでひっくり返ってるし。
「……琥一さーん?大丈夫ー?」
「こ、このくらいどうってことねぇ!」
うん、厚く積もった雪の上だ。怪我とかは大丈夫だろうとは思うけど。
しかし、すっぽりと雪だまりにはまったでっかい体が、憐れなくらい懸命にもがいてる。
……しょうがない。助けてやろう。ああ、借りを返すって意味でね。
「ほら、コウ。」
「……悪ぃ。」
つかまって、と手を伸ばすと申し訳ないのと恥ずかしいのとで、
桜井琥一史上最も情けない顔になったコウがなんとか手を伸ばしてくる。
「……ふふ。」
しっかりと握り合った手に、私は思わず笑ってしまう。
「笑うな。」
憮然とした表情のコウ。赤い頬が可愛くて、私の顔にはますます笑みが浮かぶ。
「あはは!」
「笑うなって言ってんだろーが。」
「ごめんごめん、でもさぁ」
繋いだ手に力をこめて、引っ張る。それに合わせてコウも身を起こそうともがいて。
圧倒的に釣り合わない力のバランスに、為すすべもなく二人して雪の上に倒れこんだ。
「メモ子、テメェ……」
「あははは!だってコウの体重を私が引っ張り上げれる訳ないとか、分かりきってたし。」
「分かってるなら最初から手ぇ出すな!」
「ダメだ、もう腹筋よじれそう!つか腹冷たい。」
「たりめーだ、バカ。」
そんな呆れた声出して、怒ったみたいな顔しても無駄だよ、コウ。
だって、私の笑い声に気付いたみんなが駆けつけてくれてもまだ、離されることのない手。
CALL YOU … HOLD ME
助けて欲しいから呼ぶんじゃないし、
守って欲しいから側にいるわけじゃない。