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□はば学冬の陣!
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「ていっ!」


 私は渾身の力をこめ、ニーナのこだわりの前髪に雪玉をぶつける。


「…っわ!ちょ、髪狙うとか…!」


 やわらかく握った雪玉は派手に砕け、ニーナの熱で容赦なく髪を濡らす。


 案の定、髪型を気にしたニーナの隙を見て、嵐さんの顔をめがけてもう一つの雪玉を投げ、一目散に駆け出す。


 目指すは柔道部の旗!




「っ!そうはさせるか!」


 私の狙いに気づいた嵐さんが、素早く追撃に転じて、背後から飛んでくる雪玉。


 だけどその硬度は良心的だ。さすがスポーツマンシップにのっとったフェアプレイ。


 ……っていうか、兄弟のあの雪玉は人間としてどうかと思う。






「………わ!」


 しまった。


 余計なことに気を取られたせいで、足元が滑った。


 ぐらりと揺れる身体。全力で走り続けてたせいで、思ってたより足に疲労が蓄積してたみたい。


 とっさにバランスを立て直そうとしたけど、思うように体がついてこない。




 まるでスローモーションのようにゆっくり近づいてくる真っ白い地面に、思わずぎゅうと目を閉じた。










「メモ子さん!」




 慌てた玉緒先輩の声とともに、余裕のない仕草が私の身体を受け止めた。


 鈍い痛み。だけどぶつかったのは冷たい雪じゃなく、温かい玉緒先輩の身体。




「玉緒先輩……?」


「早く、こっちへ!……っ!」


 つかんだ私の肩を、自分の身体ごとぐるりと回転させた玉緒先輩が眉を寄せた。


 背中に雪玉が当たったせいだ。


「先輩!?」


 気づけば玉緒先輩は私の盾になるように柔道部に背を向けていて。


 容赦なく投じられる雪玉はすべて先輩の大きな背中にぶつかって砕ける。


「このくらい、どうってことはないよ。それより早く、柔道部の陣に!」

「は、はいっ!」




「そうはさせるか!」


「うわっ!」


「玉緒先輩!」


 追撃を食い止めるように立ちふさがる玉緒先輩が、嵐さんの強烈な雪玉をくらって声を上げる。


 思わず足を止めて振り返ると、玉緒先輩が雪玉を作りながらほんの少し私を振り返った。


「メモ子さん、僕のことは気にしないように!」


「そう言われましても…!」


 柔道部の旗を奪ってしまえば、ここは私たちの勝ちだ。


 だけどこのまま先輩を置いて行くなんて……






「……おまえら、俺のことをわすれてないか?」


 ためらう私に、柔道部の陣から声がかかった。


「え?」


「設楽!」


「……まあいいけどな。ほら、柔道部の旗は取った。俺に感謝しろ。」


 ため息をついて肩をすくめた聖司先輩の手には、柔道部の旗。




「……マジで。」


「まさか、設楽さんに負けるとか……」


「フン。」


 負けて愕然とする柔道部の二人と、勝ったけど不機嫌そうな聖司先輩。


 とりあえず、ピンチは回避できたみたい。






「先輩、ありがとうございま……」

「ぶっ!?」


 私がお礼を言い終わる前に、背後からすさまじい勢いで飛んできた雪玉が聖司先輩の顔に直撃した。


 そしてころころと形を変えずに地面を転がるそれは……


「っしゃあ!セイちゃん撃破ァ!」


「コウ……っきゃ!?」


「メモ子さん、伏せて!」


 壁の向こうから聞こえたコウの声にそっちを見ようとした瞬間


 玉緒先輩の声と共に、私の身体は冷たい地面の上に倒れる。




「ごめん、でもあれに当たるくらいなら、冷たい思いをする方がいいと思う!」

「そうですね……」


 仰ぎ見る空を飛びかうのは、ぎっちぎちに握られた氷玉。


 聖司先輩の安否が気になるものの、うかつに動くわけにはいかない。




「玉緒先輩は大丈夫ですか?」


「ああ、なんともな……っ!?」


 くるりと玉緒先輩のいる方に顔を向けると、思ったよりも近いところに先輩の顔があった。


 眼鏡の奥で見開かれた瞳に、目を丸くした私が映ってる。




 ここまでの激闘のせいだろうか。


 上気して赤く染まった頬と、顔に張り付いた髪。


 いつもの玉緒先輩とは違う表情に、目を逸らすことも忘れて見つめあった。




「……寒く、ない?」


「大丈夫です……。」


 どこか上っ面をすべるような言葉の応酬。


 だってそんなことより、目に映る先輩の表情が、少しずつ変わっていくのを見ていたくて。


 そろそろと伸ばされる先輩の指には、気が付かないふりで




「……メモ子、」


「先輩コンビの旗ゲットーーー!」




 先輩の指が、私の頬に触れる刹那。


 ルカの声が響き渡って、先輩がはっとしたように指を引っ込めた。




「っしゃルカ、よくやった!」


「え、ルカ?」


 我に返って身を起こすと、私たちの陣の方から旗を振りながら走ってくるルカが見えた。




「……負けちゃいましたね。」


「えっ!?……あ、ああ。そうだね。」


 ゆっくりと身を起こした玉緒先輩を見ると、ぎくりとした大きな身体。


「玉緒先輩?」


「……危ないところだった。」


「え?」


「いや、なんでも……そうだ、設楽!」


 慌てたように、伸びてる聖司先輩のもとに駆け寄る玉緒先輩。


 ……変なの。
















「僕らも帰ろうか。」


「はい。」


 大きなたんこぶを作って不機嫌丸出しの聖司先輩を見送って、私と玉緒先輩は並んで歩きだす。


 湯気が立ち上りそうなくらいしっとりと濡れた服。早く身体を乾かさないと風邪をひいてしまいそう。




「………ハァ。」


「玉緒先輩?」


「ん?ああ…ごめん。つくづく、情けないなと思ってさ。」


「情けない、ですか?」


 首をかしげながら先輩の横顔を見上げると、ほんのわずか下がった眉。




「ああいうとき、盾になるくらいしかできないとか。」


「そんなこと……」


 あれは私が考えなしに突っ込んでいったせいだ。


 …そう言おうとしたのをわかってるとでも言うように、玉緒先輩は苦い笑みを浮かべて言葉をつづけた。


「そんなことより、もっと」


「……?」


 まっすぐに前だけ見つめて、先輩はゆっくりと持ち上げた手をひらりと返す。


 それはさっき、視界の隅でとらえていた動きと同じで。




「君を守ろうとしたはずなのに、……あのまま君に触れてたら、きっととんでもないことやらかしてた。」


「玉緒先輩」


「……思ってる以上に、余裕ないんだな。」


 ぽつりとつぶやかれた言葉がなんだか苦しくて、だけどきっとそれは嫌な痛みではなくて。






 動きをなぞってゆっくりと持ち上げた指先で、その熱に触れた。




















DEFENCE ≧ 




余裕ぶる余裕なんて、なくしてしまえばいいのに。




















☆もう一度!


☆あとがき
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