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□はば学冬の陣!
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 おかしい。




 私がそう気づいたのは、いつもよりだいぶ遅いタイミングだったかもしれない。


 何気ない嵐さんの一言でうっかり、舞い上がってた私は、隣を駆け抜けるニーナを放って


 こっちに一直線に向かってくるコウの不敵な笑みに気づくのが遅れた。




「嵐さ、」


「なんか企んでそうだな。」


 不安を覚えて短く呼びかけると、嵐さんが小さくうなづいてつぶやいた。


「今、コウが完全にニーナをスルーした。」


 その声にうなづき、疑問を口にすると嵐さんがちらりと私を振り返った。


「おまえ、ちょっと離れてろ。」


「え……」


 一瞬ためらう私をよそに、嵐さんがスピードを速めた。


 私に合わせるために速度を加減してたってことに、今更気づいて少し悔しくなる。




 だけど、ここで意地はっても仕方ない。


 私は言われた通りに速度を緩め、どんどんコウに近づいていく嵐さんと距離をとった。






「うわぁっ!」


 余裕のない悲鳴が聞こえて目をやると、兄弟の陣の手前で前に倒れこむニーナの姿が見えた。


「ニーナ!」


「新名!……・三人がかりか。」


 嵐さんが悔しそうにつぶやいたとおり、ニーナの前には3つの人影。


「先輩たち…?」


 そう、そこにいるのはルカと玉緒先輩と聖司先輩。




「セイちゃんと会長とは利害が一致したんでな。悪いが手ぇ組ませてもらったぜ。」


 コウくんがすぐ側で立ち止まり、完全に悪人の顔でニヤリと笑った。


「利害……?」


 私が首をかしげて繰り返すと、なぜかコウがぷいっと視線を逸らす。


 その頬が少しだけ赤いのは、寒さのせいだろうか。




「……そういうことか。」


「嵐さん?」


 気が付いたら、嵐さんが私の前に立ちふさがってた。


 大きな背中と、かすかにのぞく横顔が、なんだか少し緊張してる気がする。


「だったら、俺だけでも負けるわけにはいかねぇ。」


 嵐さん、と呼びかけるのもためらうほど、真剣な声音。


 私は戸惑いながら、でもなんだかそこを動いてはいけない気がして嵐さんの背中に守られてた。






「ハッ、ぬかせ。あれが見えねぇってのか?」


 コウが指差した先で、ニーナがルカにずるずると引きずられていく。


「新名……」


「ルカ!抵抗する気なんてなくしてやれ!」


「あいよー。」


「よ、ルカさ、なにす……・うわぁっ!?」


 嵐さんの表情に苦いものが混じったのを見て、コウがホントに悪役のようにルカを振り仰ぐ。


 そしてそれに呑気な声で応えたルカが、ニーナの上着を容赦なく剥がし、ニーナが悲痛な声を上げた。




「ちょっとルカさん!マジ寒いから!こ、凍え……っ!」


「大事な部員に風邪ひかせたくなきゃ、さっさと降参しやがれ。なぁ、部長さんよぉ。」


「クッ……卑怯だぞ!」


 防寒よりオシャレ主義なニーナは、もちろん薄着だ。


 この寒空にあのまま放り出してたら、ホントに風邪ひいちゃいそう。




「卑怯?……ククッ、これはスポーツじゃねぇ。勝負だ。甘いこと言ってんじゃねぇぞ?あぁ?」


「もう一枚いきまーす」


「うわわっ!マジで勘弁してくだ……はっくしゅ!」


「新名……!」


 拳をぎゅうと握ったまま、嵐さんが悔しそうに目を細めた。


 そうだよね、だって嵐さんは正々堂々真っ向勝負のつもりだったのに、こんなの……




「……ズルい」


「ん?」


「メモ子?」


 ポロリとこぼれた言葉に、コウと嵐さんが私を振り返る。


「ニーナに風邪ひかせたりしたら、完全に治るまで口きかないんだからっっ!!」


 私はむうっとコウを睨んで、そのままルカたちにも人差し指を突きつけた。




「……っ!」


「そ、それは……っ」


「いや、これは決して僕らの意思では……!」


「メモ子ちゃん、怒ると怖いっすよ?……はくしょいっ!」


「ちょ、新名に上着!」




「ばっ……てめぇら!」


 急激にあわてふためくみんなに、コウが慌てて陣の方を振り返った……瞬間。






「よくやった。」




「え」


 優しい声をとらえて目を向けた時には、すでに。


 まっすぐにコウを見たまま、微笑を浮かべた嵐さんを視界に映せたのは一瞬だけで。


 それが声と共に私に向けられたものだって理解する間もなく




 コウの大きな体が宙を舞っていた。










「……やるな!」


「テメェ……不意打ちかよ!」


「スポーツじゃなくて勝負なんだろ?だったら卑怯もなにもねぇ!」


 はっとして、組み合う二人を見る。


 嵐さんの綺麗な型で確かに投げられたはずのコウは、態勢こそ崩して片膝をついたものの


 本能的に空中で体をひねって引手を切ったらしく、背中から落ちることは免れていた。




「コウ、すごい!」


 完全に地に落ちる残像を見ていた私は、思わずコウに拍手を送る。


「ああ、いい反応だ。」


「チッ……ひっぱんな!服が伸びんだろーが!」


 嵐さんの楽しそうな声と、どこか照れたように聞こえるコウの声。


 お気に入りのヴィンテージシャツをつかまれて文句を言いつつ、


 嵐さんの動きに合わせるように打撃技はつかってこない。




「コウ、フェアでよし!」


「チッ……いつから柔道になったんだよ。これは雪合戦だっつーんだ。」


「桜井琥一、顔赤ぇぞ。」


「ウルセェ、要は投げとばしゃいいんだろーが!」


 業を煮やしたコウが、嵐さんの胸倉をつかむなり、強引に技をかけてきた。






「あ」


「いい反応だ。」






思わず声をあげた私に、嵐さんが本当に楽しそうに笑った。
















「冷……っ、いってぇぇ!!!」


 もろ共倒れこんだ雪の冷たさに、コウが一瞬身を震わせた。


 その隙を逃さず、嵐さんの関節技がきれいに決まって、コウが掠れた悲鳴をあげる。


「柔道は投げ技だけじゃねぇんだな、コレが。」


 反射的にタップしたコウに、至極満足そうに笑った嵐さんが体をほどくと、コウが悔しそうに眉を寄せる。


「だから、雪合戦だろーがよ……。」


「うん、ありがとね!コウ。」


「あぁ?なにがだよ。」


「柔道じゃないのに柔道で付き合ってくれたから。」


 駆け寄って手を伸ばし、コウの身体を引き起こす。


「……たまたまだ。」




「嵐さーん!メモ子ちゃーん!」


 コウの照れ隠しの言葉に生暖かい視線を向けていると、向こうから解放された新名が走ってくる。


 あ、ちゃんと上着着てるや。ルカたちもありがとう。


「ったく……付き合いきれねぇ。」


「あ、コウ。利害が一致ってどういう……」


「……聞くな。」






「メモ子」


 ボヤきながらコウが戻っていくのを見送ってると、隣に嵐さんが並びかけてくる。


「嵐さん。組手、どうだった?」


 乱取りや試合のあと、いつもそうするように。


 私を嵐さんは二人並んでミーティング。


 嵐さんが楽しそうだったのも道理で、コウみたいに体格のいい相手と組み合う機会は滅多にない。


 とはいえ、コウは身長の割に締まってて軽いから、重量級ってほどでもないけど。


「ああ、投げた時に手首にかかる重さがキツかった。……俺も、まだまだだ。」


 ああ、すれ違いざまにコウがニーナに八つ当たりしてる。


 プロレス技をかけられて苦しそうにわめくニーナ。あ、ルカも来た。


「コウは柔道は素人だけど、格闘技の基礎はできてるし。」


 さりげなく帰っていく先輩たちに手を振りながら、私は握りしめられたままの嵐さんの拳を視界の隅で見てた。


「ああ、そんな感じだ。あとは、手足の長さとボディバランスの……」


「……嵐さん?」






 不意に言葉が途切れて。視線を上げて嵐さんを見ると、まっすぐに私を見ている嵐さんの瞳とぶつかった。


「……ちゃんと、見てたか?」


「?うん、見てたよ。技をかける度に、コウが反射的にリバランスとって重心を下げてたから……」


「そうじゃねぇ。」




 突然、腕を引かれた。


 強引って言っていいような、強い力で。




「嵐さ、」


「俺を見てたかって聞いてんだ。」








 引き寄せられたのは、ほんの一瞬。


 重なったのは、ほんの一部。


 それでも





 嵐さんの熱が。


 嵐さんの声が。


 私の身体を直接伝って響くから。







「ちょ、嵐さん、放そうよ!」


「暴れんな。うっかり返し技かけそうになる。」


「……それは困る。」 
























jealous of YOU









見てるよ。君と同じ未来を。


(コウじゃなくて、対戦相手を見てた。)













☆もう一度!


☆あとがき

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