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□When you wish upon a snow
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 珍しく、目覚まし時計が鳴るより先に目が覚めた。
 なにも早朝のランニングが日課になってるせいじゃねぇ。
 その証拠に、ぼんやりとした意識で手を伸ばしたのは、ベッドの枕元に置いてある目覚まし時計ではなく、携帯電話。
「……メールも着信も無し、か。」
 寝ついたのはもう日付が変わった後だったから、大して期待してたわけでもない。
 ……だったらなんでがっかりしてるんだ、オレ?
 誕生日おめでとうのメールや、呼び出しの電話が無かったくらいで。

『志波、覚悟しといてよ!』
 ……ときめきのあのプレゼントの予告のせいだ。
「人に覚えてろって言っといて、忘れてるんじゃねぇよ……」


 19歳の誕生日。
 だからと言ってなにが変わるわけでもない、だけどなんだか物足りない週末。
 ときめきのことだ。誕生日だからとかそんなこと構いもせず、いつものように連絡を寄越すと思ったのに。


「……チッ」
 寝起きの頭でうだうだとグチを零す自分が面倒くさくて、思わず舌打ちをして目を閉じる。
 布団の温もりに意識を集中させながら、休日の朝を満喫しようと目覚まし時計のスイッチを切って。
 走るのは昼からでもいい。二度寝の覚悟を決めたオレの耳に、チャイムが鳴る音が小さく聞こえた。


 誰だよ、こんな朝早くに。
 母親の応対する声やドアの開く音がやけに耳について、頭まで布団をかぶった。
 階段を上がってくる足音。音をたてないように気を使っているのだろうが、逆にその気配が気になって意識が覚めていく。
 意地でも起きまいと固く目を瞑ると、ドアをノックする小さな音。
 無視を決め込むとかちゃりとドアノブが回り、開いたドアから誰かが入ってくる。
 母親に起こしてくれと頼んだわけではないから、もしかしてさっきの来客がオレに用だってのか?
 しかしこんな時間から平然と尋ねてくるような人間に心当たりは……
 いや、まさかな。
 脳裏に浮かんだ体格のいい幼馴染の姿を振り払い、まるでガキみてぇにしつこく寝たフリを続ける。


「わ」
 がたん、という音と共に小さな声が上がる。
 そういや、ダンベルを出しっぱなしにしていた気がする。
 薄暗い部屋の中でつまづいたんだろう。
 ……いやそれより、今の声は

 反射的に起き上がろうと身を捻ったオレの上に、どさりとなにかが降って来た。


「ぐっ!」
 衝撃のほとんどは布団に吸収されたものの、その重みが落ちてきたのが胸の上だったため、肺から押し出された空気と共にくぐもった声が洩れた。
「ご、ごめん、志波。つまづいちゃった。」
 声がした方を見下ろすと、薄闇の中でもわかる大きな瞳。さらりとした髪が顎をくすぐって、ようやくこの状況に気づいた。
「おい……」
「あ!ええと、なんだっけ……?」
 布団越しに感じるときめきの重さとその近さ。思わず固まるオレに構わず、首を傾げながら呟いたときめきはそうだ、と続けてオレの顔を見た。


「この世に散らばる七つの球を集めよ!」
「…………」
「えと、あれ?ノーリアクション?」
「……訳わからなすぎて、リアクションできねぇ。」
 オレの上できょとんとするときめきにため息をついて、促すように布団を引っぱった。
「とりあえず、退け。」
「あ、そっか。忘れてた!」
 ……この状況でなんとも思わねぇってのは、信用されてるってことなのか、それとも男として意識されてねぇってことなのか。


 上から退いたときめきに続いて上体を起こし、手を伸ばしてカーテンを開ける。外はまだ薄暗い。
「……それで、何の用だ?」
「突撃お宅訪問!誕生日にサプライズは付きものでしょ?」
「……まだ7時前だぞ。」
「あ、ご両親には前もって了解を得てます。」
「オレに得ろ。」

 ベッドから降りようとして、ぎくりとして動きを止める。
「あのね、自分で育てた野菜を自分で料理すると、より美味しく感じるって言うでしょ?」
「……いきなり何の話だ?」
 さりげなく布団を重ねて男の事情を隠し、脈絡のないときめきの話に眉を寄せてみせる。
「手間暇をかけると、その分感動が増すってこと!」
「だから、それが一体……」
 突撃訪問と何の関係が、と尋ねるより早く、ときめきの目が猫のように細くなった。
 嫌な予感。
「だから、自分で苦労して探し出したプレゼントは、普通にもらうより何倍も嬉しく感じるはずだよね!」
「なんでそうなる!?」
 案の定、突拍子もないときめきの言葉。
 思わず声を荒げたオレに、いつも通りの無邪気な笑顔を向けて、高らかに宣言した。


「この世に散らばる七つの球を……じゃなかった。五つの星を見つけよ!
 さすれば宝の場所がわかるだろう!」


 思わず頭を抱えた。
 なんて見事なときめきのズレっぷり。
 しかもなんでこんなにノリノリなんだ、コイツ。
 しかしそんなオレの心の嘆きが伝わるはずもなく。


「午前中は自主錬でしょ?だからお昼からスタートでいいよね!」
「おい待て。誰もやるとは……」
 こんな時だけてきぱきと話を進めるときめきを急いで止めると、キラキラしてた瞳がみるみる曇って
「……ダメ?」
「………いや、ダメとは言わねぇが、普通に渡された方が」
 何倍も嬉しい、と言いかけたオレの顔をまっすぐに見つめてくる、ときめきの瞳。
「……いや、だから」
「志波に喜んで欲しいの……迷惑?」
 言い澱んだオレに追い討ちをかけるように潤む瞳。
 ……ああ、これが無意識なんだから本気で性質が悪い。


「……迷惑じゃねぇ。」
 呆気なく白旗を上げる自分の姿は、とっくに予測のついてたもので。
「えへへ、ありがとう!」
 それでも嬉しそうなときめきを見ると、まぁいいかと簡単に丸め込まれる。
「……苦労して大した事無い宝だったら、キレるかもしんねぇぞ。」
「うっ!だ、大丈夫だもん!」
「…………ハァ。」
「大丈夫だもん!!」
「わかったわかった。……そうと決まれば、さっさとトレーニング済ませちまうか。」
「あ、じゃあわたしは帰るね。」
「ああ……お疲れ。」


 部屋を出るときめきを目だけで見送る。
 そういや、ときめきがオレの部屋に来たのはいつ以来だっただろう。
 ふとそんな疑問がよぎったとき、ドアを開けたときめきがくるりと振り向いた。
「……どうした?」
「うん……久しぶりだよね、志波の部屋。」
「ああ……そうだな。」
 同じことを考えていたのか。なんだかくすぐったくなった胸が、すぐに冷えて痛みに変わる。
 ゆっくりと瞬きをしたときめきが、口を開きかけて……躊躇った。
「?」
 訝しげな視線だけで問うと、小さく左右に揺れる髪。
「言いたいんだけど……でもやっぱ、プレゼントと一緒に言うのがいいかなって。」
「……ああ」
「だから……また、後でね?」
「わかった。」


 小さく微笑んだときめきの姿が、ドアの向こうに消える。
 ……正直、あいつの選んだプレゼントには期待は出来ないが
 ときめきがおめでとうって言ってくれるなら、苦労するのもいいかもしれない。






02・覚ましがなる、その前に
起きたと思って目覚ましを止めると、うっかり二度寝してることがよくあります。
09/11/18



 
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