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□『卒業記念SS』3部作 全10話
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3月1日 高校生活最後の休日







 「いってきま〜す!」

  朝の9時から家を出るわたしの声に気付いた遊くんが、二階の部屋の窓を開けて顔を出した。

 「あれ、おねえちゃんどこか行くの?」
 「うん、ちょっとデートにね。」
 「ええ!?誰とさ!」
 「ナイショだよー。」
  取り出した手帳を慌ててめくる遊くんに手を振って歩き出す。




  駅前広場。いつもの待ち合わせ場所。
 「今日はわたしが先か。」
  呟いて時計を見る。
  待ち合わせの時刻をほんの少し回った時間。



 『どうかしましたか?気分が悪いなら救急車を!』
 『大丈夫です!ちょっと友達を驚かそうと・・・』


  取り澄ました瑛くんの声と、自分の慌て振りを思い出してクスクス笑う。
  敵わないのはいつもわたしの方だったのにな。



 「・・・一人で笑ってんなよ。かなり不気味だったぞ。」
 「あ、ハリー!いや、ちょっと思い出し笑いを」
  不意にかけられた声に慌てる。
  目の前で呆れたような顔をしていたハリーは、肩をすくめて言葉を続ける。
 「まあいいけどな。お前が不審者なのはいつものことだし。」
 「ええ〜・・・そんなことないよ?」
  あまり嬉しくない表現に眉を寄せると、ハリーは愉しそうに唇の端を上げた。
 「ま、今日はちったあマシだな。」
 「・・・・・・。」

  普段のわたしって一体。
  思わず考え込んだわたしに、事もなげに言われたハリーの言葉が刺さる。
 「佐伯がいなくなってからって意味だ。」
 「・・・・・・ハリー意地悪だ。」
 「人聞き悪ィな。」
 「不審者の方が悪いよ!」

  互いに顔をしかめながら言い争ってると、小走りの足音が近付いてきた。
 「ごめん、ハリー!遅なって・・・メモ子?」
 「はるひ。・・・あ、ハリーとデート?」
  いつも以上に気合いの入ったはるひが、息を切らせたまま真っ赤になる。
 「バッカ、そんなんじゃねぇよ。」
  対照的に冷静なハリーが肩をすくめて。

  なるほど。

 「頑張ってね」
  はるひの耳元で囁くと
 「いや、せやからホンマに」
  慌てふためいた言い訳が返ってきた。
  そうとなれば長居は無用だ。
 「じゃあね!はるひ、ハリー。」
  手を振って駅前広場を後にする。
 「ほなまた明日!」
 「あ、おい!佐伯だけが男じゃねぇぞ!」








  臨海地区のショッピングモール。
  さすがに海を見るのはまだ少し辛い。
  ショーウィンドを見ながら歩いて行くと、人混みの流れに負けそうになる。
  瑛くんは人混み嫌いだったな。でも花火大会とか縁日は嬉しそうだったよね。隠してるつもりみたいだけど。
  思いきって展望台に足を向ける。
  あの日と同じように静かに凪ぐ海。きらきらと光を受ける水面を見つめる横顔。
  振り払おうと頭を降ると、切ったばかりの髪がさらりと頬をなでた。
  そういえば瑛くんもこっそり髪を直してたことがあったっけ。
  本人いわく『気合はいってないし、時間かかってない』ヘアスタイル。
  通りすぎてきたショッピングモールを振り返って、小さく笑う。



 『なんでここ、はねるかな。』


  ショーウインドに向かって呟いてたすねたような口調。
  あれはこの街で、マスターとわたしだけが知ってるものなんだ。




 『子供って不便だ。』
 『子供って?』
 『俺たちのこと。』


 「好きなところに、好きなだけいることもできない……」

  ああでも今思えば。
  好きな人の隣が、好きな場所なのかもな

 「そしたらボクが借りきってあげよか?」
 「え?あ、クリスくん。」
  気付けば、にこにこと音が聞こえてきそうな、満面の笑みのクリスくんがすぐ側にいた。
 「キミのためやったらお安いゴヨウやで?そんでもって二人っきりでぎゅ〜っ・・・」
 「?えっと、なんだっけ?」
  展望台の外を眺めてぼーっとしてたわたしは、状況が理解できず首をかしげる。

 「好きな場所に好きなだけいたいって言ったでしょう?」
 「あ、密さんも・・・?」
  胸の前で手を合わせて笑う密さんから、なにか黒いオーラが出てるのは気のせい?
 「ふふ?」
 「あ、いえ遠慮しますぅ!」
 「あ〜まだおはようのちゅ〜が・・・」

  わたしは密さんの微笑みの裏側に恐れをなして、その場を逃げ出した。
  クリスくんの無事を祈りながら









  次の場所へ行く途中、思い立って学園に寄ってみた。
  3年前の春、ドキドキしながら校門をくぐったっけ。そして瑛くんに会った。



 『佐伯 瑛。名前についての感想はなし。』


  あの時は不機嫌そうな態度にカチンと来たけど今はわかる。
  なにもかもうまくやらなきゃっていう瑛の覚悟を、わたしがイキナリ挫いてしまったから。
  あの日からずっと、わたしの世界に瑛くんはいた。そう思うと胸が苦しくなる。

  瑛くんはいつも女の子達に囲まれていたから、学校ではほとんど話したり出来なかったし
  放課後は珊瑚礁のお手伝いで忙しかったから、みんなで集まっている時には瑛くんの姿はなかった。
  だから校舎での瑛くんとの思い出はほとんどないようなもので。
  体育祭と、学園演劇と、たまに交わす会話。悪戯心が原因で1度だけ一緒にお昼を食べて、それだけ。

  なのになぜだろう。校舎のどこを思い浮かべても、必ずそこに瑛くんの姿が浮かぶんだ。



 「ときめきくん」
 「うわっ?」
 「す、すまない。驚かせてしまったな。」
 「……氷上くん?」

  そこにいたのは休日にもかかわらず、きっちり制服を着た氷上くんだった。
 「卒業式の答辞の内容で、先生に相談があってね。担当の先生が今日も出勤だったから。」
  その姿に首を傾げると氷上くんはああ、とうなづいて説明してくれる。答辞は代々生徒会長がする事になっているんだ。
 「そっか。でも、卒業式って明日なのに、まだ答辞の原稿できてなかったの?」
 「一応は出来ていたんだが、今日になって急に付け加えたい事ができてしまってね。」
 「そう……。明日だもんね。」
  前からわかっていたはずなのに、いざ明日となると急に心がざわざわしだす。
  氷上くんもきっと、その気持ちの中でなにかみんなに伝えたいことを思いだしたんだろうな。

 「……それで、僕の用事は終わって今から帰るところだが、君はどうしてここに?」
 「あ、わたしは通りかかっただけだよ。」
 「そうか。偶然だな。……これはもしかして、運命の神様のお導きなんだろうか?」
 「?」
  急にぶつぶつつぶやき始めた氷上くんを不思議に思いながら、わたしはもう一度校舎の方に目を移した。

 「も、もし良ければこの後少し、デ、デートでも」
 「あ、千代美さん。」
  校舎の方から同じく制服姿の千代美さんが走って来るのを見つけ、手を振る。
 「こんにちは、ときめきさん。よかった。氷上くん、まだ帰ってなかったんですね!」
 「偶然会って、ちょっとお話してたんだ。千代美さんも一緒だったんだね。」
 「た、たまたまだ。小野田くんは別の用事で……」
 「引きとめていてくださって助かりました!氷上くん、先生が答辞のことでもう少し手直ししておきたいとおっしゃって。」
 「……そうか。ときめきくん、僕は行くよ。」
 「私もご一緒します!ときめきさん、失礼します。」
 「うん、頑張ってね!」

  なぜかため息をついてる氷上くんと、元気いっぱいの千代美さんが校舎の方に歩いて行くのを見送って、わたしもその場を立ち去った。









  森林公園。
  春めいた陽射しとようやく芝生らしい緑が目立ち始めた広場は、たくさんの親子連れで賑わっていた。

  そういえば瑛くんもよくお父さんぶってたな。
  最初は冗談だったのに、いつの間にか本当にお父さんみたいな心配とかもされるようになって。
  人を子供扱いして、体よく嫌な事を避けようとしたり



 『行っておいで。おとうさん、待ってるから。』
 


 「……待ってるって言ったのに。」

  なのにおいてくなんて

 「……迷子か?」
 「違います!志波くんヒドイ!」
 「クッ……冗談だ。」
  いつの間にか近くにいた志波くんに、ため息混じりの一人言を茶化された。

 「トレーニング?」
  ジャージ姿の志波くんに尋ねると、まっすぐにわたしを見てうなづく。
 「ああ。……おかげさまで。」
 「そっか。頑張るね。」
  まあな、となんでもない様に答える志波くんをスゴイなと思う。
  わたしも志波くんみたいに夢とかやりたいことがあれば、瑛くんがいなくなってももっと平気だったのかもな。

 「……なあ、ときめき」
 「なあに?志波くん。」
  背の高い志波くんの顔を見上げる。口を開くのを躊躇う素振りに、じっと言葉を待つ。
  ……首が痛いなぁ。志波くんって本当に背が高い。
  瑛くんも十分高いと思うんだけどな……
 「……忘れさせてやる」
 「?」
  あ、背の高さに気をとられて聞き逃しちゃった。
 「俺じゃ、ダメか?」
 「……志波くん?」
  ええと……なんて言ったんだろう?

 「志波……にときめき?」
 「あ、竜子さん。」
  志波くんの真剣な表情に困惑していると、並木道の方から竜子さんが歩いてきた。
 「……奇遇だね。」
  なぜか申し訳なさそうに、互いに眉を下げる竜子さんと志波くん。

 「……今の、忘れろ。」
 「あ……うん。」
  短く呟いて、くるりと背を向けて走り去る志波くんを見送って、竜子さんがため息をついた。
 「嫌なとこに来ちまったな。」
 「竜子さん?」
 「……なんでもないよ。一人で散歩かい?」
  振り返った竜子さんは大人びた微笑を貼り付けて尋ねてくる。
 「えと……デート。」
  口に出すのは照れくさくて、へへ、と笑うと、どう見ても一人なわたしに竜子さんは怪訝な顔を向ける。
  両手をそっと胸の上に当てる。瑛くんはもう、いないけど



 「ここに、いるから。」
  痛みを抱えて笑ったわたしに、竜子さんは少し目をまたたいて、それから泣きそうな顔で笑った。
 「そうかい。だったら邪魔するのも無粋だね。」
 「あ、ゴメン!」
  この後のお誘いを断ってしまったことに気付いてあわてて謝る。
  竜子さんは気を悪くした様子は微塵も見せず、逆に清々しい顔で笑ってくれた。
 「気にすんなって。アタシも他の連中みたいに、もうひと足掻きしてみるよ。」
 「?」
 「じゃあな。……早く行かないと見失っちまう。」
  ひらひらと手を振った竜子さんは、ロングタイトの裾をからげてあっと言う間に走り去った。
  それを見送ったわたしは、小さく息をついて森林公園の奥へと足を向けた。










 
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