SS
□GS3
1ページ/1ページ
「女は料理できた方がいいぞ」
嵐さんの一言に、落ち込むのを通り越して殺意すら芽生えた。
知らぬは夫婦ばかりなり
乙女の祭日、バレンタインデー
気合を込めて用意した手作りチョコレート
万年欠食児の嵐さんにあげるには、やっぱり質より量でしょうと、盛りに盛ったのは愛ゆえに。
確かに怪しげなドクロが視界の隅には映っていたけど、食べれるものしか使ってないのに毒なんてことはありえない。これはそう、あれだ勇気の徴の方だと
なのに
大好きな人の、意志の強さを物語る瞳
いつもまっすぐに私を映す、済んだ瞳
そこにしっかりと浮かんだ失望の表情がよみがえって、机に突っ伏したまま思わずうめく。
「・・・オッサンみてぇな声出して、どした?」
投げかけられた失礼な言葉に、眉を寄せて首をひねると、大好きな人の姿があった。
同じクラスって、こんなとき不便だ。
可愛さあまって憎さ百倍。私をまっすぐに見てくるきょとんとした顔が、なんだか今日は癪に障る。
元凶はあなたですよ、と心の中で呟いて
「どーせ料理もできないオッサンですよ」
とんでもなく拗ねた言葉は心の中にしまい損ねた。
ん?と、さもたった今まで忘れてましたというように首をかくんと傾げてから、ああ、と合点がいったように頷く嵐さん。
いや、本当は嵐さんが悪いわけじゃないけど、私の作ったチョコが悪いんだけど。
基本雑食でなんでも文句言わずに食べるくせに、食べ物に文句つけるなんて、この2年の付き合いの中で初めてだったのに、それがまさかの手作りチョコだったということで
かなりショックを受けたにも関わらず、言った当人のこのリアクション
そりゃ殺意くらい芽生えるでしょう。
ぷいと顔をそらすと、怒ってんのか?となんとも呑気なことを言われた。
怒ってるわけじゃない、ただちょっと殴ってやりたいだけで。
じわりと熱を持つ目頭を自覚して、あわてて目を固く瞑った。
「オッサンなら、料理できなくても仕方ねーけど」
温度のわからない口調が
ぽん、と頭に乗せられた熱が、
節くれだった指の感触が、
とんでもなく何気なくて悔しい。
嵐さんの一言で、私はこんなにぐるぐるになってしまうのに、この人はこうして私を、さらりと受け流してしまう。
私だけが振り回されてバカみたいだ。
「まあ毎日食ってりゃ、そのうち慣れるだろ」
「慣れるって・・・」
ホントに仕方ない、みたいな言い方をされて、さらにむくれる。
そりゃ美味しくなかったかもしれないけど
「あ、けど、それだと、おふくろの味じゃなくてオッサンの味、になんのか?」
「わけわかんないし!そもそもオッサンじゃないし!」
妙な疑問に真剣に眉を寄せる嵐さんの声を聞きながら、会話を締めくくるべく、完全に嵐さんに背を向けた。
完全なる八つ当たりだとわかってはいるけど、乙女心を傷つけたのは嵐さんだと、自分を正当化してみる。
だな、とつぶやいた嵐さんが「女ってわかんねー」と肩をすくめたのが、見なくてもわかった。
自分の方がよっぽど謎の生き物なくせに。
2014・VD 不二山 嵐
知らぬは亭主ばかりなり
意味・他人は知っているのに、本人だけが何も知らないでいること