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□When you wish upon a snow
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「11月かぁ……早いねぇ。」
 甘い湯気の立つカップを両手で挟むようにして持ち、ときめきがしみじみと呟いた。
「ああ……早いな。」
 いつもの喫茶店のいつもの席。
 丸テーブルに向かい合って座るのは高校時代と同じで、今じゃもう当たり前になってる。


 オレたちが羽ヶ崎高校を卒業して、早8ヶ月。
 オレは一流体育大学に、ときめきは二流大学にそれぞれ進学して、もちろん以前のように毎日顔を合わすってことはなくなった。
 だが、週末になると必ずどちらかが連絡を寄越して、毎週は会えなくても月に2・3度はこうして会って
 特に何をするわけでもなく、ただ互いの大学生活について話をしたり、ぼーっと時間を過ごしたり
 いつの間にか慣例みてぇになってるのが妙な感じだ。

 ダチには「それ、付き合ってるだろ」と言われるこの関係は、確実にそれとは一線を画していて

 見た目が大人びたものに変わり、身をおく環境が変わっても
 オレたちの関係は1年前と何ひとつ変わっちゃいねぇ。


「ね。今年の誕生日プレゼント、なにがいい?」
 不意に切り出された質問に、ぼんやりと遠くを見てた視線をときめきに向ける。
 その割りにやたら真剣な表情でオレを見るときめきがいて、思わず口元が緩む。
「なに畏まってるんだ?別に何でもいい。」
「……志波のウソつきー。何でも良くないくせに。」
 途端に浮かぶ不貞腐れた表情。相変わらず、わかりやすいヤツ。
 髪が伸びて化粧なんかも覚えて、見た目だけは大人びても中身はそのままだ。
「それはおまえが悪い。……アイドル写真集なんてもらって、オレが喜ぶと思うか?」
「あれは……だってわたし、エッチな本なんて買えないもん!」
「……その発想がすでに間違ってる。」
「だって志波って結構ムッツリ……うわ!嘘です冗談ですごめんなさい!」
 無言のまま椅子ににもたれてた身体を起こすと、勝手にビビッたときめきが慌てて両手を合わせて謝ってくる。
 ……まあ、間違いではない。
「……それに、去年の美白クリーム。オレが地黒なのはわかってるだろうが。嫌味か?」
「いや、そう言いながらも実は、トレーニングによる万年日焼けなだけでしたって可能性に賭けてみようかと」
「……なにが目的だ、それ。」
「うんと、知的好奇心?」
「……わけわかんねぇ。」

 小さくため息をつくと、けらけらと屈託なく笑う。
 まったく、こいつはホント変わらねぇ。



「……真咲とは会ってるのか?」

 ときめきの指がびくりとした拍子に、カップがかちゃんと硬い音を立てた。
「うん。……って言っても、バイトで一緒になるだけだよ。」
 一瞬で笑顔の消えたときめきが、今は、と小さく呟いて俯く。
「……先輩、もうすぐアンネリーのバイト辞めちゃうんだって。」
「真咲も春からは社会人だからな。」
 小さな罪悪感。
 わざわざ元春の話なんて引っ張り出して、こいつの傷を抉る必要なんてないってのに。
「……そんなことより、志波の誕生日プレゼント!」
 気を取り直したように顔を上げるときめきの目が、少し潤んでるような気がして眉を寄せた。

「女子大生のメモ子ちゃんは、去年より時給アップでお金持ちだから奮発しちゃいますよ!」
 そう明るく言ってみせるのも、どこかわざとらしくて
「……そうか。だったら、コレ。」
 カバンから取り出したパンフレットを広げて指差すと、どれどれ?と覗きこんできたときめきの顔がうっと引き攣った。
「……こ、これは……」
「最高時速180qの剛速球が打てる、最新のピッチングマシン。そんな球投げる人間はいねぇからって、大学じゃ買ってもらえねぇんだ。」
「無理!無理だからなにこの値段!誰が買うの!?」
「……冗談だ。」
「わかってるよ!本気だったら友達やめるし!」
 パンフレットを突き返してくるときめきの剣幕に笑みを洩らすと、膨れっ面で睨まれて
 元気、出たな。なんて、自分の無神経さを棚に上げて安心してる自分に呆れる。


「……何でもいい。おまえがくれるもんなら。」
 すっかり冷めたコーヒーを口に運んで、苦いだけの液体を喉に流し込む。
「……笑顔の作り方講座DVDでも?」
 唇を尖らせたときめきの上目遣いに内心ぎくりとしながら
「まあ……ちゃんと受け取るから心配するな。」
「……できればちゃんと喜んで欲しいんですけど。」
「オレのことを考えて選んでくれてるってのはわかるが……相当ズレてるからな、ときめきの思考は。」
「だからこうして直接聞いてるのに!」
「誕生日を覚えてくれてるってだけで充分だ。サンキュー親友。」
「それ、ゼンゼン期待してないってことだよね?」
「……サンキュー親友」
「やっぱりか!2回言われるとなんか逆に腹立つ!」


 その後も納得せずにきゃんきゃん吠えるときめきを適当にあしらって、日が暮れる前に店を出る。
 いつも通り家まで送ろうと促すと、思い詰めたような顔したときめきにびしっと人指し指を突きつけられた。
 

「志波、覚悟しといてよ!」
「……何をだ?」
「言ってるそばから忘れないでよ!プレゼントだよ!」
「ああ……期待しないで待っててやる。」
「うぅ……度肝抜かれて三日三晩寝つけないくらいのスペシャルな贈り物で喜ばせてやるんだから!」
「……それはそれで願い下げって気もするが。」
「うわぁん覚えてろぉ!志波勝己!!」
「気を付けて帰れよー、ときめき。」

 人込みをすり抜けて、ダッシュで消えていくときめきの後ろ姿を見送りながら、また足速くなったななんて呑気に思う。
「まったく……オレの事なんかに、必死になってる場合じゃないだろう」
 訳知り風に呟いた自分の言葉が、すっかり冷たくなった空気にやけに乾いて響く。

「……誕生日、か。」

 いくら年齢を重ねても、身をおく環境が変わっても
 まったく変わらない。

 オレも
 ときめきも
 オレ達の関係も
 ……蓋したまんまの、オレの気持ちも。







01・くりものの心得
あげる相手の事を良く考えて選びましょう
09/11/14

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