乙女の半分は妄想でできています

□1・オトメノネガイ
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乙女の半分は妄想でできています













「大分、風強くなってきたな……。」
 ぴゅう、と空を裂く音に呼ばれるように窓の外を見ると、はるか遠くの水平線から押し寄せる強いうねり。
 いい波だな。今すぐにでも飛び出して行きたい気持ちになるが、仕事中だと言い聞かせてぐっと堪える。
 夕刻の珊瑚礁。
 いつもであれば会社帰りのOLやなんやで賑わう人気店でも、間もなくやってくるらしい台風には勝てない。
 店の中はがらんとしていて、オーナー兼マスターであるじいちゃんも早々に帰宅している。

「おまえも早く帰れよ。いくら歩きの距離だからって、この風じゃ危ないぞ?」
 店じまいの準備を手伝うと言いつつ、カウンターでぼんやりと頬杖をついている海野を見ると、俺の声なんか聞こえていないようで
「はぁ……」
 でっかい溜め息をついた海野に眉を寄せながら、なにを考えているのかと、洗い終わったカップを拭く手は休めずに観察してみた。

 物憂げに伏せた瞳にかかる長い睫毛。
 頬杖のせいでほんの少し押し上げられた柔らかそうな頬。
 うっすらと開いた桃色の唇はぷっくりとして
 ……さすが、はね学でもトップクラスの美少女と噂されるだけのことはある。
 思わず高鳴りだす鼓動を誤魔化すように、カップを磨く手を早めて目を逸らした。
 落ち着け、俺。
 相手は海野だぞ?


「はぁ……欲しいなぁ……。」
 ドキドキする俺の気持ちをよそに、海野は相変わらず俺を無視して溜め息をつく。
「欲しいって、何をだよ?」
 気持ちを紛らわせるために質問をぶつけてみると、海野がようやく俺を見る。
 ぽやんとした瞳が胸をさざめかせるのを感じて、あわてて眉を顰めて見せた。
「なんだよ、金欠か?」
「んー……そうなの金欠。」
 そんな俗世の欲に悩んでるようには見えない無垢な表情に上目遣いで俺を見る海野に、俺はわざと投げやりに言葉をぶつける。
「またわけわかんない作戦とかって、服でも無駄に買い込んだんだろ。」
「むっ!それってもしかして、先月の『ブティック・ナナミでセレブなショッピング!セクシーコーディネイトで煩悩を呼び覚ませ!』大作戦のこと!?
 わけわかんなくないもん!瑛をオトすための効率的な作戦だもん!」
「名前呼び捨てにすんなって言ってるだろ。つか充分わけわかんないし……。
 第一俺が好きなのはピュア系だって何度言わせる。」
「またまた〜。健全な男子高校生がそんなわけないじゃん。」
「………。」
 心底そう信じてます!と言わんばかりの海野の表情に、言い返そうとした口を閉じる。
 ……時間の無駄だ。
 そもそもこのやり取り自体、一体何度目だよって話しだし。
 さっさと追い出そう……そう心に決めた俺の耳に、ふるりと空気を揺らすような、海野の無駄に可愛い声が届いた。

「はぁ……ちんちん欲しい。」
 ぶはぁっ!!
 肺だけでは飽きたらず、胃の腑の底からまでも空気を噴き出した俺に、海野は思いっきり眉を顰める。
「もうなにやってんの?唾飛んできたんだけど」
「ななななな、なに言ってんだおまえは!!」
 軽くパニクった俺は、とりあえずのチョップを海野に喰らわせる。
「痛い!!だってホントに飛んできたもんホラこことか!」
「それじゃないよ!そこはどうでもいいよ!」
「えーそりゃ瑛が舐めとけって言うなら舐めるけど」
「そんなこと言ってないだろ!なんで舐めるんだよ!!」
 相変わらずのマイペースで、俺の唾が飛んだらしい自分の手をぺろりと舐める海野に、かぁっと頬が熱くなるのを感じながら、その熱に逆に少し冷静になる。
「ああ、『ちんちん欲しい』?」
「何度も言うな!その金欠かよ!」
 なったのに。
 思いだしたように繰り返す海野にもう一度チョップを喰らわそうとして、その意味に気付いて動きを止めた。

 ……それはつまり
 首を傾げて俺の顔を見ながら、尚も自分の腕に飛んだ俺の唾液にピンクの舌を這わせる海野は、その無垢としか言い様のない澄んだ瞳にそぐわず扇情的で
「海野」
「ぅん……?」
 俺が呼んだのに応えながらもその行為を止めようとはしないから、ひどく舌足らずで鼻にかかったその声は、まるで喘ぎ声のように聞こえて
 ……それはつまり

「シタイ……ってこと、だよな?」
「ん……そう、だよ?」
 海野はようやく自分の腕から唇を離し、わずかに詰め寄った俺を見上げて微かに目を見開いた。
 ぴゅう、と音だけでも肌が裂けてしまいそうな風に、珊瑚礁の窓がカタカタと揺れる。
 これは警告だ。
 手を出せば、俺と海野の関係は崩れ落ちる。
 気兼ねなく何でも話せる数少ない存在。
 気を遣わなくても安心できる唯一の『友達』。
 目の前の桃色をした唇が、唾液に濡れてふるりと揺れた。
「瑛……?」
「……もう一度」
 抗うことなどできない甘い誘惑。
 どうせならこの後必ず訪れる、後悔にすら酔いしれるほど溺れさせて。

「言えよ。
 欲しい、って。」







「……欲しい……けど。」
 海野の表情が微かに曇った。
「ひょっとしてあんまり良くない?」
 まっすぐに俺に向けられたあまりに清々しい瞳に、俺は思わず張り詰めていた力を抜いてがくりと肩を落とす。
「……あのな。」
 そりゃあ、俺だって初めてなわけだから、そう良くしてやれるかなんてわかんないけどさ。
 だからってそんな聞き方、デリカシーがないにもほどがある。

「でもなんか楽しそうなのになぁ。」
「……楽しそうって、おまえ」
「自分でシたり、ナニカに突っ込んだり、いろいろ食べ比べとかさ。」
「………」
 一つ、忘れてたことがあった。
 それも結構重要なことだ。
「私も付けてみたいなぁ……。どうせなら大きいヤツ。」
「その欲しいかよ!!」
 こいつ、変態なんだった。

「いいなぁちんちん……ちょっと貸して」
「股間を見るな!」
「あれ、なんか元気に……痛ぁっ!!」
「ウルサイ!返せ俺のときめき!」
「ムラムラしてたくせに……」
 今すぐ追い出そう。
 不機嫌さをありったけ視線に込めて睨みつけたのに、海野は全く意に介さずへらりと笑う。
「私にちんちん出来たらとりあえず犯らせてね?」
「ぜったいヤダ」
 間髪入れずに断固拒否った俺に、海野が不満げに唇を尖らせる。
 そんな顔しても騙されるもんか。こいつは変態だ!
「も〜、万が一にもないことなんだし、そこは気軽に『いつでも来い☆』とか言ってよ。」
「絶対言わない。死んでも言わない。」
「え〜……まあ、死んだら勝手に犯るからいいけど。」
「おまえ最低だな。」
 さすがに嫌悪の色を強めると、なぜだかポッと頬を染めた海野が、口元に人差し指を当てて視線をさまよわせる。
「じゃー他の人に頼もうかなぁ」
「……誰にだよ?」
 別に気になるわけじゃないけど、そいつが可哀想だからな。一応だ、一応。
「うんと……クリスとか?なんかさっくりヤらせてくれそう。」
「……(否めない)。」
「個人的に犯すなら天地君なんだけど、体力的に可能そうなのは氷上くんかな?」
「……あくまでもムリヤリ前提なのな。」
「あ!遊く……」
「おまえホントに最低だな。」

 チッと舌打ちした(どういう意味だよ……)海野を窘めるかのように、ごうっと風の音が強くなり、大粒の雨がバラバラと窓ガラスを打つ。
「いよいよ来たな。雨戸、閉めとくか。」
 窓の外を見て呟く。
 珊瑚礁は古い建物だ。雰囲気としては申し分ないけど、災害の時はちょっとヒヤッとくることがなくもない。
「やだ〜あかり帰れな〜い」
「帰れ」
「冷たいなぁ瑛は。……でもそこがまた素敵!」
「マジで帰れ頼むから。」
「もうそこまで言われちゃしょうがないなぁ。」
「……気を付けて帰れよ?」
「やだっ!今デレた!?」
「おまえの星までは遠いからな。気を付けて逝けよ?」

 いよいよ強くなった雨の音に、俺と海野のホントにクダラナイ下話はそれでようやくお開きになった。



 ・・・・・・そう思ってたんだ。







 
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