ときめきバグりある!2nd life

□23・おひとりさまは大人の女の得意技
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 目に染みる青空、まばゆい太陽、爽やかな風。
 これをここに立つ私への祝福とうけとらずして、なんととらえればよいですか、神様!
 高まる期待に小鼻が膨らむのもおそれず、私はどきどきと脈打つ鼓動に比例して増量する、煩悩という名の生産物をその息吹にのせて吐き出した。

 通常は清潔で品格ある羽ケ崎学園の正門は、今日ばかりは浮かれきった祭一色の装飾を施され、訪れるお客様たちにもろ手を広げて歓迎モード。


「待ちかねたぞ……羽学祭!」


 その前で足を止め、正々堂々誠心誠意、作法に乗っ取り名乗りをあげるべく腰に手をあて、上空を指さしながら高らかに宣言した私に
 周りから思いっきり痛いものを見る視線が注がれた。


「何あのひと…」
「ちょっとヤバくない?」
「うわ、なんか全力で高笑いしてんだけど。普通にひくわ」

 この場に立てることがどれだけ幸せなことなのかも知らない愚民どもよ、なんとでも言うがいい!
 本来なら決して飛び越えられない液晶に遮られたこの世界の、もっともピーヒャラ浮かれた一日に足を踏み入れられるなんて……!
 乙女の涙が止まらないよ……!

「今度はなんか泣いてる…」
「しかも結構な号泣じゃね?」
「どうする?ほっとくのマズくない?」

 あら意外と優しい羽学生。
 その優しさにようやくひとここちつけて、目の前にそびえる巨大な校舎を見上げる。

「羽学……」

 静かに吐き出した息にのせて呟いて、代わりに肺いっぱいに空気を吸い込むと
 羽学スメルが血液に溶けて、脳を、臓器を、指先にまでぐんぐんとときめき成分がめぐっていく。体温が上昇していく。乙女この上なく心がたぎっていく。

「パッショぉぉぉぉぉぉン!!!」
 貯まりきった乙女ゲージを開放するかのように、心の熱量そのままに叫ぶと、まわりの生徒たちがびくっと身体を震わせた後、こそこそと言葉をかわしながら遠巻きに去っていった。
 うん、ひくよね!普通ね!でもリアルな乙女としてはこれは正義のシャウトなのだよ!

「ただでは転ばない!転ぶなら前のめり!!あ、ありがとうございます!」
 悲壮な決意を浮かべる私に気圧されたのか、笑顔をひきつらせた受付の生徒からパンフレットを受け取る。
 これが羽ヶ崎学園生徒会手作りの学園祭案内用冊子ですね!ホチキス留めが愛おしい。
 保存用にもう一冊いただきたいところだけれど、残念ながら受付の女子生徒は、もう私と目を合わせてくれない。
 いえ、いいの。大事に使って大事に持って帰って大事にしまっておくから!
 微かに震える指先で、折り目がつかないようにそろりとパンフレット開くと、さっそくきました催し物一覧!
 どうしよう、どこ行こう!つっても、若王子クラス以外はどこに誰がいるのかわからないから、綿密に全制覇ルートを練らねば。

 ええと、そういえば今年って何年目の文化祭なんだろう。ヤンプリは喫茶なのか、ディスコなのか……
 目を皿のようにして文字を追っていると、パンフレットにふと影が落ちた。

「こんにちは」
 歌うような声に目を上げると、柔らかそうな明るい色の髪の男の人が、目を細めて私を見下ろしていた。

「やっと見つけました」
 ふわり、という形容がぴったりの優しい微笑。
 この人が誰なのか、考えるまでもなく瞬時に理解した私は、呆然とその笑顔を見上げる。
 浮ついて力の入らなくなった指先から、するりとパンフレットが落ちた。
「若王子、せんせい……?」
「はい、僕です。りあるさん」
 長い指を胸の前で組んで、その人はEVSよりもっと滑らかに私を呼んだ。





 あまりの突然の出会いに、私はぽかんとして目の前にいるその人の端正な顔をただただ見上げる。
 画面からでも感じられる、その人をとりまく柔らかな空気が、じわじわと私を包む。

「りあるさん?ひょっとして、僕の顔、なにかおかしいですか?」
 不躾な視線に少し居心地の悪そうにした若王子先生が、困ったように眉を下げて微笑んだ。

「いえいえ!とんでもない!とても素敵なお顔ですとも!」
 ラブフォーエバー!
 マジもん若様を前に、一気に体温が上昇する。やばいやばい、不意打ちすぎる!
 心の中で叫んだところで少し落ち着いたせいか、不意に気付く。

 さっきから、若様が私の名前を呼んでいる。

「あの、」

 疑問に思って若様を見上げると、少し大げさに見開かれる瞳。
 
「やや、これは失礼しました」

 突然の謝罪の言葉に、なにがでしょう、と聞き返そうとしたとき、若様の大きな手が私の手に触れた。

「え!?」

 肉の薄い骨ばった手のひらにすっぽりと包まれる私の手。びっくりして声をあげると、ほんの少しひんやりとしたその手に優しく力がこめられて、そのままきゅうと握りしめられた。
 そうなの、きゅう、ですよ!これはぎゅうなどではなく、きゅんとも見まごうばかりのきゅう!
 みるみる上昇する体温を自覚しながら固まっていると、頭一つ高い場所から優しい声が降ってきた。


「不審者第1号さん、確保しました」

 ぎゃふん。






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