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□番外編
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番外編 5−8.5  HOME






 卒業式。

「・・・最後、か。」

 何度も繰り返して、それでもまだ実感の伴わないその響きをもう一度確かめる様に呟くと、焼けるような焦燥感が胸をちり、と焦がす。

 昨日までと何が変わるって訳じゃないいつもの朝なのに、ほんの数時間後には終わってしまう。

 高校生活が、友達との時間が、終わるものだとわかっていても散漫に過ごしていた当たり前の日々が。

 後悔のないように過ごす、なんて。どれだけ努力したってできるはずのないこと。

 だってあたしたちはとても欲張りな生き物だから。

 たくさん後悔して、何度でもよみがえる痛みを紛らわせて、そしてきっとまた同じことを繰り返す。

 もっとうまくやれば違う現在があったんだろう。

 大切なものを失った現在、なんて今更とりかえしのつかないことばかりで。




「行ってきます。」

 最後の日を、せめて空元気でもいいから飾り付けたくて、あたしは誰に向けたわけでもない言葉と共に玄関を出る。

 そしてそこにあった思いがけない人の姿に目を丸くした。

「・・・お父さん。」

「乗りなさい。学園まで送る。」

 新車の如くくもりひとつなく磨きげられた高級車から、今しがた降りてきたという風な義父が、いつもと同じ温度の瞳で言った。

 戸惑いながらも、忙しいこの人の時間を妨げないよう、あたしの身体は意思を無視して勝手に動く。

 義父のエスコートで車に乗り込むと、車は音もなく走り出した。



 遠ざかる家を振り返る。

 居心地がよくはなかったけど、あたしの人生の大半において帰る場所であった天堂の家。

 思っていた以上にずきりと痛む胸に動揺する。

 いつ捨てたって、どこに変わったって構わないって思ってた場所に、どれだけ自分が救われていたのかを思い知った。


 あたしは今日、天堂を出る。

 高校卒業と同時に、それはもうずっと覚悟していたことで。動揺してしがみつきたくなるなんて、ホントに今更だ。

 どこに行ったって変わらない。

 そこに瑛はいないんだから。




 広い後部座席。並んで座るあたしと義父。

 感傷を振り払って義父の横顔を窺い見ると、思慮深い表情を浮かべた顔がそこにあった。

 あたしはこの人の笑顔なんて見たことがない。母さんや詩花にむけられたものなら、あったかもしれないけど。

 後妻の連れ子なんていうあたしの存在が、どれだけこの人に迷惑をかけたんだろう。

 あたしが浴びてきた天堂の関係者からの非難や侮蔑が、あたしだけに向けられていたならどれだけ気が楽だっただろう。

 詩花のように愛されたいなんて、無理な願いだってわかってた。だからせめて、煩わしいとは思われたくなかったの。

 だけどあたしは中途半端で、結局居心地の悪い思いをこの人にまで押し付けてしまった。




 込み上げてくる後悔を堪える間に、車は羽ヶ崎学園に着いた。高等部の正門には、卒業式と書かれたボードが立てかけられている。

 在校生の手作りのペーパーフラワーの優しさが眩しくて、あたしは少しだけ嘆息した。

 運転手がドアを開けるより早く、義父が自分でドアを開けて外に出た。そして促すようにあたしを見る。

 あたしは急いで車を降りて、初めてと思えるような近い距離で義父を見上げた。


「・・・ありがとうございました。」

「終わる頃に迎えを寄越す。遅れるな。式に影響が出る。」

 味気ない言葉を残して、義父はさっさと車に乗り込もうとする。

「・・・あのっ、」

 あたしは意を決して義父を呼びとめる。義父は僅かに眉をひそめてあたしに視線を戻した。

「・・・今まで、12年間、お世話になりました。」

 あたしは震えそうになる声を励まして、深々と頭を下げる。

「あなたに見捨てられてたら、あたしはきっと生きていられなかった。」

 ズキズキと痛む胸。これは愛しさなんだろうか。あたしにもちゃんと、家族だと思える人がいたんだろうか。

「本当に、感謝していま・・・」

 最後の一音は、下げた頭にのせられた温もりに、途切れた。


「・・・礼はいい。私はけしていい父親ではなかった。」

 志波がくれるそれに似た感覚に、なぜか、この人が浮かべているだろう苦い微笑みが、ぼやけた視界に映った気がした。

「卒業おめでとう。玲。」



 弾かれた様に顔を上げたあたしの目に、映った優しい瞳はほんの一瞬で。

 走り去って行く車を見送りながら、あたしはもう一度頭を下げた。


「・・・ホント、今更で嫌になっちゃうな。」

 もっとうまくやれれば、違う現在がここにあったんだ。









 
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