Trust Me?

□番外編
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『Trust Me?』番外編



最終章7・それはとても無駄な足掻きで 









「行くな!」


 思わず逃げ出したあたしの腕を、瑛が掴んだ。

 それは台本にはないことで、あたしはまるで心臓を鷲掴みにされたようにぎくりとして立ち止まる。


「・・・貴女は勝手な事ばかり言うんだな。」

 静かに怒りを滲ませて、瑛があたしを引き寄せた。

 まるで、そうなるのが当たり前なんだといわんばかりに、あたしの身体は瑛の腕の中に納まって

 観客がわずかにざわめいた他に、音の無い講堂中に響き渡るんじゃないかってくらい心臓が跳ねた。


 かさばる衣装越し、伝わる瑛の体温。

 あまりに心地よくて、泣きそうになる。

 せめてお芝居の中、舞台の上でだけは、幸せな二人になって終わりたいって思いが芽生えて。

 押し寄せる苦しさと切なさに目を閉じて、瑛の胸に寄り添おうとしたあたしの耳元で



「・・・だったらこっちも勝手にするまでだ!!」

「っっ!?」


 瑛の大声が、響いた。






「瑛・・・っ!!」

 キーンと耳鳴りのする頭を振りながら瑛の顔を見上げると、やけにキラキラした瞳があたしを捉えて。

 一瞬、止まりかけたあたしの心臓に気付く素振りなどない瑛は、あたしを腕に抱え込んだまま大勢の兵士役を振り返る。


「皆の者、準備はいいか!?」


「「「おおおおーーーーーっ!!」」」

 それに呼応する声は一人や二人じゃない。


「敵は月の使者!!女だからと油断するなよ!かなりの強物だぞ!!」


「敵って・・・」

「・・・そりゃ、アタシのことかい?」

「ふふ、この場合はやっぱりそうじゃないかしら?」

 なぜだか不敵な笑みを浮かべる強者竜子と、それに動じる気配も無い水島。


「ちょっと待て、サエ・・・帝!オレは水島さんを守るぞ!!」

「オレもだ、水島さんに手出しはさせない!」

 あたしと同じく、不穏な空気を感じたらしい数人の男子が、そう言いながら進み出て水島の前に立ちふさがった。


「お供しますぜ、姐御っ!!」 

「オレも共に戦わせてくださいっ!」

 かと思うと、竜子の後ろにそそくさとくっつく男子もいて。

 ・・・なにが始まるんだ??




「盛り上がってきたな〜」

 まったく訳のわからないあたしの前に、針谷が来た。

「・・・これ、なんの騒ぎ?」

 あたしはまるで合戦の前のような舞台を見つめて、尋ねる。

「まぁ黙って佐伯の言う事、聞いとけって。」

「・・・瑛の?」

 ハリーの言葉に答える様に、瑛が二ヤっと笑ってあたしを抱えてない方の腕を振り上げた。


「みな聞け!これは遥か昔に月より飛来した石だ!弓矢や矛では無理でも、これなら月の人間にも太刀打ちできるはず!」

 そう言われてよく見てみれば、瑛の手には丸い玉。・・・玉入れに使う、布に綿詰めたヤツじゃないだろうか。

 そして気付けば、舞台の上に居る人間全員の手にそれが握られている。

 ・・・・・・嫌な予感。


「裏切り者に遠慮は無用!!みな存分に戦うが良い!!」

 なんかやけに活き活きとした瑛のセリフに、置いてけぼりを食らっていた観客席がわっと沸いた。

「おお、なんか面白そうだぞ!?」

「このメンバーだし、なにか起こると思ったのよね!」

「要するに雪合戦ならぬ、玉合戦だな。」

「がんばってぇ〜!佐伯く〜ん!!」



「・・・・・・なんであたしが知らないのさ。」

 盛り上がる生徒達とは裏腹に、どうやらたった一人、仲間外れにされているあたしはむくれて呟く。

「知ってたら面白くないだろ?」

「はぁ!?なにも知らないでどうしろって!」

 瑛の無責任な言葉に目を吊り上げると、とんでもなく爽やかに笑った瑛が、言った。


「諦めろ。そういう運命なんだ、きっと。」

「・・・っ、嫌な事言うなっ!!」

 思わず熱を帯びた頬で文句を言うと、満足そうに目を細めた瑛が、大きく手を振り下ろして叫んだ。



「者ども、かかれっ!!」

 そうして舞台は、戦場と化したのだった。





 





 主役なのに蚊帳の外なあたしのすぐ側を、ひゅんと空気を割いて飛んでいく玉は、当たったらそれなりに痛そうだ。


「ぐぁ!」

「いってぇ!」

「ちょ・・・限界っ!」

 現に脱落して行く生徒たちの残す断末魔はかなり悲壮。


 ・・・ああ、どっかでこんな光景を見たことあると思ったら。



「バンドマン奥義・・・破滅へのカプリチオ!!」

「志波勝己必殺の技・・・千本打撃!!」

「クッ・・・止むを得まい、羽ヶ崎学園 生徒会奥義・・・生徒総会・必殺答弁!!」



 アレだ。修学旅行の枕投げ。




 とっくにあたしの側を離れて参戦してる瑛は、投げるのが枕じゃないからマクラノギヌスは呼べないみたいだけど、志波は威力が増してる。

 あたしは「可及的速やかに!」とか言ってる氷上に目をやって溜め息を吐いた。

 あたしもなんか必殺技編み出しときゃ良かったな。



「アブナイっ!!」

「え?・・・クリス!?」

 遠い目で成り行きを見守っていると、突然クリスがあたしの前に飛び出してきた。

「いてまうぞおんどりゃ・・・、いたぁ〜」

 誰かに向かって懇親の技を繰り出そうとしたクリスに、流れ弾がぽこんと当たって技は不発に終わった。

「大丈夫、クリス?」

 あわててクリスを引き寄せると、ふにゃりとした笑顔が浮かぶ。

「大丈夫・・・ボクはどうなっても、かぐや姫が無事やったらそれでええねん・・・。」

「クリス!」

 月の使者の衣装を纏ったクリスが、美しい微笑を浮かべてガクリと首を傾けた。

 いや、そんな大袈裟な・・・と思いつつも、庇ってもらった手前放り出すわけにも行かず、膝枕の体勢のままでいる。


「・・・っ!?」

 と、突然異様なまでの威圧感を感じて振り向くと・・・

「み、水島・・・?」

「うふふ?」

 怖い、笑顔が怖いよ!?

 お嫁さんにしたいbP、大和撫子と名高い水島密がバッチリこっちを見ながら黒い微笑を浮かべていた。

 な、なんかあたしまずいことした!?


「この下らない争い、そろそろ決着を付けさせてもらおうかしら?・・・諸悪の根源もろとも。」

 それはあたしごと殺るって事!?


「・・・フゥ。正々堂々戦ってるって時に、私怨を持ち出すんじゃないよ。」

 思わず後ずさりしていたあたしの耳に、こんなときでもクールな竜子の救いの声が!

「竜子・・・私に意見するなんて、随分偉くなったのね?」

 ・・・あれ?

 竜子に間に入ってもらって解決かと思いきや・・・なんか余計水島が怖い!!


「別にアタシは昔と変わっちゃないけどね?」

「あら、だったら誰が変わったって言いたいのかしら?」

「随分わざとらしいこと聞いてくるじゃないか、密姐さん?」

「・・・あなたとはきっちりカタを付けておいた方がよさそうね、竜子。」

「・・・面白いじゃないか、受けて立つよ。」

 笑顔のままにらみ合ってた二人が、落ちていた玉を手に静かに離れる。


 舞台上にいる男子たちも、観客席も、それぞれの戦いに熱中して二人には気付いていない。



「・・・消せるものなら消してしまいたい・・・」

 え、なにを!?水島、表情暗い!暗いけど怖い!!

「逃げられるものなら逃げてみな!」

 ちょ、待って!目が本気!いつも余裕の竜子さんがなんか本気だってば!!


 あたしはクリスを抱えたまま、本能的に後ずさりする。

 これは、ヤバイ・・・よな?

 巻き添え食ったら、確実に・・・



 あたしははっとして、舞台の中央で意気揚々と玉合戦中の瑛を見た。


「瑛・・・っ、」

「過去の奥義!」

「タイマン奥義!」

「逃げてっ・・・!!」




 あたしが瑛に向かって駆け出すのと、二人の奥義が発動したのは同時だったと思う。



 



 気付けば舞台の上にはもうもうとスモークの煙が立ちこめ、あたしは誰かの腕に支えられていた。


「・・・大丈夫か?」

「・・・瑛?」

 目を瞬くと、すぐ側にあるのは瑛の顔。

 おかしいな、あたしと瑛は随分離れていたから、どれだけ必死に駆け寄ったとしても、間に合うはずが・・・

「・・・おまえ、一応陸上部だろう。」

「志波?」

 首を傾げていると、近くに居た志波が呆れた声で言った。

「陸上部奥義、爆走!100mダッシュだ。」

「へぇ・・・?」

 どうやらあたしは知らないうちに奥義とやらを繰り出していたみたいだ。

「もっとちゃんと練習に出て、きちんとマスターするんだな。周りのヤツが迷惑する。」

 志波はなぜかダウンしていた針谷を抱えて、ため息を吐いた。


「それより、これってどうなったんだ?」

 夢から覚めたような瞳をした瑛が眉を寄せる。

 ・・・熱中しすぎだ。

「水島と竜子が同時に奥義を出したんだ。けど、このスモークは・・・?」

「舞台効果に用意してあったものですよ。西本さんが機転を利かせて使ったみたいですね。」

「若ちゃん!」

 どこからともなく出てきた若ちゃんが説明を付足する。

 ああ、道理で煙たくも息苦しくもないはずだ。若ちゃん特製の無害な煙。

「今、どかしますね。」

 言うなり若ちゃんは羽織りを脱いで、なぜか下に着ていたいつもの白衣を翻す。



「スーパー化学忍法・・・白衣旋風!!」


 若ちゃんの白衣から生み出された竜巻が、舞台に立ち込めていたスモークを一気に吹き飛ばした。

 そして、露になった舞台の上には、お互いの健闘を称えあう様に握手を交わしたまま倒れている、水島と竜子。

 ・・・相討ちだ。



「一体何が・・・」

「それは・・・乙女の秘密、だよ。」

 あたしはわが身可愛さで真実を胸の中に封じ込め、瑛の呟きに答えて。

 ・・・はっとした。


 そうだ、今ってば学園演劇の真っ最中!!



 血の気が引くのを感じながら、慌てて瑛を見ると、にやりとこの上なくいい笑顔。

「・・・俺の勝ちだな。」

 言ってる場合か!

 どう見ても、この場を取り繕うとするものじゃなく、ただ思った事を素直に口に出しただけの瑛のセリフ。



「・・・まさか、こんな結末になろうとは。」

 あたしはため息を吐いて、事態をなんとか収束に向ける。

「けれど帝、これは本当に幸運な偶然です。本来ならば、全てを失ってもおかしくはなかった。」

 得意げな瑛に咎める視線を向け、あたしはこれが愛の奇跡だとかなんとか、無難にまとめる言葉を続けるために口を開いた。

「違う。」

 だけどあたしの口から言葉が紡がれるより早く、きっぱりと言い放った瑛の声が響く。

「違う・・・?」

 あたしは内心ヒヤヒヤしながら、瑛の言葉を促した。


「幸運だろうが、偶然だろうが、これは結果だ。」

 瑛は言う。まっすぐに、あたしを見て。

 台本にはない言葉。だから、これは瑛の言葉。

 瑛はあたしに、何が言いたいんだろう。 

 聞くのが怖い。

 瑛の言葉に自分が容易く揺らいでしまうことは、もうわかってる。

 だから聞きたくないのに、瑛がまっすぐにあたしを見てくるから。

 目を逸らすことなんて出来ないほど、まっすぐに。


「抗ったから、戦ったから、生まれた結果だ。

 あのまま逃げてたら、ただの偶然だって起こらなかっただろ?」


 ・・・そうだよ。でもお芝居じゃない。

 零れそうになる負け惜しみを、ぐっと堪えた。

 現実は、おしまいおしまい、で片付けられるお芝居じゃない。



 瑛の瞳にあたしが映ってる。

 悔しそうに唇をゆがめる、全然キレイじゃないあたしが。

 そんなあたしを見て、瑛はこともあろうに


 あたしだって初めて見る、子どものような無邪気な顔して、ニカッ、と思いっきり笑って言った。



「ざまぁみろ!」







 なんだかもう胸が一杯になって、なにがなんだかよくわからない。

 もういい。これから先、なにがあるかなんてもうどうでもいいよ。

 だから、瑛。お願いだから・・・




 瑛の腕の中に飛び込むと、ぎこちない動きで抱き締められた。




 なにも言わないで、ただ抱きしめて欲しい。














『これにて、学園演劇・竹取物語〜仁義なき抗争編を終了致します。』
(なんか副題が増えてるし!!)




番外編・・・というか、本編こぼれ話
おふざけ入ったので別にしてみました
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