B◆巻物◆
□LastDay,FirstDay.
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「空、綺麗だなぁ…」
いつもの穏やかな声音で、そう、四代目が言った。
だけどそんな声とは裏腹に、俺たちの格好はボロボロ。
傷だらけで、包帯でなんとか止血しているような状態で。医療班のところへ行く時間を惜しんでおきながら、四代目は何故かこんな何もない高台で空を眺めている。
そう、今この木ノ葉の里は未曾有の危機に見舞われている。
その危機を打破すべく、火影をはじめとして里の精鋭たちが命がけの戦いに身を投じているのだ。本来ならこんな所で油を売っているなどもってのほかだ。
その前線を離れてまでわざわざここまで来たのだから、何かしら理由はあるはずなのに…四代目は俺には何も言ってくれない。
「…呑気過ぎですよ、先生…」
「だって本当にそう思ったからさ。カカシは相変わらず真面目だね」
晴れ渡った秋空には鱗雲が浮かび、里を渡る風は心地いい。
こんな状況でさえなければ、いい行楽日和だろう。
「運動の秋、食欲の秋、読書の秋…何するにもいい季節だよね。僕、秋って好きだなぁ…」
「そうかもしれませんけど、さっきから何なんですか?」
空から視線を下ろせば、遠く、といっても目視できる程にしか離れていない森が燃えている。黒煙と土煙が上がり、かすかに起爆札の物と思しき爆音も聞こえる。
あの場所は、まさに戦場だった。
ぼんやりと空を染めるほどに赤く見えるのは、炎なのか…それともヤツのチャクラなのか…。
九尾がこの里に現れてもう数日が経った。
居住区には近づけないようにと何とか足止めはしているものの、根本的な解決策はまだ見つかっていない。おまけに足止めも完璧にはいかず、徐々に、そして確実に、九尾は里の中心部へと近づいてきていた。
とはいえ、ひたすら戦い続けられるわけもないのが人間だ。日に何度か交代で休息をとらなければ身がもたない。
仮眠を取るもよし、傷の手当てをするもよし、食事など栄養補給するもよし。各々が自分に一番必要なものを迅速かつ十分に補給するための時間は必ず必要だ。
そして、その重要な休憩時間を俺と四代目は今まさにとっているはずなのだが…
どういうわけか四代目はこの場所に来るや、動こうとしないのだ。しかものんびりと空なんか眺められたら、正直なところ現実逃避のように見られても仕方ないと思う。
もちろんそんなわけないとは、分かってるけど。
ここにいると、ほんの今までいた場所にもかかわらず、あの戦場がとても現実離れして見える。
まるで地獄のような、真っ赤な、真っ赤な、あの場所。
今もきっと仲間達が里にこれ以上近付けないように戦っているだろう。
今まさに、命を落としている者だっているかもしれない。九尾だってまた里に近づいてきたのかもしれない。
なのに、肝心の四代目がここから動かない。
「…早く、戻らなくていいんですか?」
「影分身を置いてきたし、もう少し大丈夫だよ」
にっこり笑ってそう言われた。
俺より傷だらけの身体で、俺よりチャクラを使っていて、おまけに影分身を使って、なのにきっとまだ俺よりチャクラが残ってる。相変わらず、スタミナもチャクラも術の使い方も何もかも大雑把なくせに、結果を見れば素晴らしく無駄の無い動きだ。
間違いなく、俺とは格が違う。
まぁ、四代目とただの上忍の俺を比べる方が間違いなんだけど。下忍になってこの人が担当上忍になったのは本当に幸運だったと思う。
これからもずっと、この人の背中を見て俺はいろんな物を学んでいくんだろう。そしていつかはきっと追い越してやる。目標であり、越えるべき壁は初めて会ったときからこの人だけだった。
今は敵わなくても、いつかはきっと…!
でもその為に、今はまずこの木ノ葉の里の危機を乗り切らなきゃいけないんだけど…。
四代目を見上げたら、ちょうど四代目も俺を見下ろしたところだった。
目が合ってお互い苦笑する。
そういえば、今日初めてまともに顔を見たような気がした。戦いの最中は目で合図はしても、じっと顔を見るわけじゃないし、本当にそうなのかもしれない。
どちらにせよ、四代目が何か話す気になったのは間違いない。
俺は何を言われるのかと思って、四代目の顔をじっと見つめてた。
「実はね、そろそろ子供が産まれるんだ。」
次の作戦の話でも出るのかと思っていたのに、全然違って、俺はちょっと拍子抜けしてしまった。
もちろんそれだって大事な事だし、それを教えてもらえるのは嬉しい。そういえば、この前会った時にかなりお腹が大きくなったなって思ったことを思い出す。
そうか、いよいよなんだ…。
でも、よりにもよって今日だなんて、タイミングが良いんだか、悪いんだか、なんて考える。今の状況を見たら、明らかに後者でしかないけれど。