B◆巻物◆
□期限付き
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オレの、一生に一度だけのお願い。
もうこれっきりにするから。
この願いを聞いてくれるなら、オレは何でも言う事聞く。もう口答えなんかしない。顔も見たくないなら近付かないし、声も聞きたくないなら人前では声を出さないようにする。
もし……死ねって言うなら、死んでもいいよ?
だから、オレの一生に一度のお願いを聞いてください。
『
期限付き』
──…いつも通りの夕方。
任務が終わって、カカシ先生が明日の予定を話すのをサクラちゃんとサイと並んで聞いている。違うのは、オレ。その日、オレはある決意を胸に一人で緊張し胸を高鳴らせていたのだ。
サイが不審そうな目を向けたけど気にしない。
サクラちゃんも不審に思ってるっぽいけど、それでも気にしない。
だってオレってばそれどころじゃない。二人の視線を気にしてる余裕なんて全く無い。目の前のカカシ先生に、いつ言おうか、チャンスはまだかとドキドキしているんだから。
でも、カカシ先生はそんなオレの様子など気にもならないらしく、言う事を言うとさっさと解散を告げる。そしてオレの事なんて見もしないで、さっさと立ち去っていく。
オレは慌てて追いかけて、カカシ先生のベストを掴んだ。
しかも慌てすぎて声もかけずにいきなり掴んでしまった。気配では分かっていたけど、何のつもりなのかが分からないというようにカカシ先生が振り返る。
「…なに?」
めんどくさそうな、機嫌の悪そうな…そんな声音。
初っ端から失敗した、と思ったけど、今更引くに引けない。オレは朝からずっと溜めこんなでいた勇気を振り絞って言葉を続けた。
「あの、さ……話があるんだけど…」
「うん?何?」
先を促すようなカカシ先生の態度に、オレとしては非常に困ってしまう。
急かされたって、オレが言いたい事はこんな道の真ん中みたいな公衆の面前で堂々と言えるような事じゃない。出来れば物陰か、人が来なさそうな所がいいんだけど……
「ここじゃ…その、だ、だから…」
「これからちょっと用があるからね。………時間遅くてもいいなら、後でお前の家に行くけど?」
「…!……じゃ、待ってるってばよ!」
「わかった、後で」
最後は少しだけ笑顔を見せてくれたけど、やっぱり機嫌悪そうだった…。
それに、いつもと同じようにオレの髪をクシャリとかき乱したけど、さっさとオレに背を向けて歩いていってしまう。深い意味は無いと、ただ急いでいただけだと自分に言い聞かせても、もしかしたらオレの所為かも、と思って心臓がぎゅっと縮むようだ。
あれだけ勇気を振り絞って、頑張れる…と思って起こした行動だったのに。
いつだって、何だって、どうしたってオレの思うとおりには行かない。何一つうまくいかない。経験不足だと言い切ってしまえばそれまでだけど、やっぱり悔しくなってしまう。
どうしたらいい、なんて言った所で答えてくれる人なんて居ないけど。
カカシ先生の背が見えなくなると、一気に気が抜けた。ぺたりとその場にへたり込んで、手で顔を覆う。
顔が熱い。
きっと真っ赤だ。
カカシ先生に変に思われなかったかな?
オレが変なのなんていつもの事だろ?
なんたってオレは里一番のドタバタ忍者なんだってばよ。意外性No.1だし、だからきっと大丈夫。……変になんて、思われてない。
とりあえず二人きりで話せる状況を作るという第一段階クリア…とオレは、夕方の空に薄くぼんやりと浮かぶ月に向かってガッツポーズをした。
まさか自分の家になる予定ではなかったが、こうなったものは仕方が無い。物陰なんかよりよっぽど誰かが来る心配も無いし、ラッキーとでも思えばいい。ムードやシチュエーションはこの際、置いといて…。
多少片付けたほうが良いだろうか?
散らかってるのも、汚いのも、もう既に知られている事ではある。
でも本当にいつも通りの部屋というのもあまりにもムードが無さ過ぎる気がする。だけど、あまりにきれいに片付けていても、それはそれで何事かって感じだし。
あれだけ必死な思いでやっと取り付けた約束なのだ。
なるべくカカシ先生の気分を害させるような事の無いようにしたい。もし有るとすれば、これから話そうとしているオレの気持ちの所為だけであって欲しいと思うのは、オレの勝手な我侭でしかないけれど。
もちろん少しも気分を害さずにいて貰えるのが一番だ。
嫌がらせたり、困らせたいわけじゃない。そう思わせてしまうだけかもしれないけれど。
例えそうなっても、それすらもちゃんと覚悟した上で、オレは決めたのだ。悩んで、オレらしくも無く眠れないほどに悩んで、やっと決めたんだ。
だからもう止まれない。
戻れない。戻る事は、過去の…それこそ一瞬前のオレの頑張りを無にすることになる。
オレは進む。
その先にどんな未来が待っていたとしても、オレが決めたことだ。
後悔は、しないよ。……したくないよ…。