B◆巻物◆
□スレナル?A
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『
スレナル?A』
「毒血を抜く為にクナイを刺したのは、素のお前?」
忍具の整理をしていたら、いつの間にかカカシがオレの後ろに立っていた。
気配を消して近づかれるのにも、そろそろ慣れた。
といっても、今は再不斬との戦いで身体の自由がきかないはず。それでも気付けなかったのだから、今のはオレが迂闊だったのだ。
見れば、やはりカカシの両腕にはしっかりと松葉杖がある。
コレで近づいてくる相手に気付けなかったのは正直悔しかった。
最初にオレの家に来てからというもの、カカシはちょくちょく訊ねて来る様になった。来なかったとしても、一緒に一楽に行ったり、無理やりオレを自分の家に連れて帰ったり。
親しくなっている気はしないが、会った回数はたぶん班の中では一番多いだろう。
サスケは任務が終わればすぐに帰るし、サクラは誘ったところであっさり断られる。二人がいなくなって、さあ帰ろうとすると…カカシが背後に立っている、というわけだ。
『うずまきナルト』としてはその誘いを断るわけにはいかない。
というよりも、むしろ喜んでついて行くのが『うずまきナルト』らしい行動としては正解だ。
そうしてカカシと共に過ごす時間が増えていく毎に、オレがオレとしていられる時間は短くなっていく。
あの日うっかり素を見せる失態の後、カカシにどんなにその時のオレの様子に関して聞かれても、オレはしらばっくれた。
あくまでちょっと機嫌が悪くて睨んでしまった…というスタンスを貫き通した。
カカシもオレが譲らないと分かると、それ以上は突っ込んで来ない。だが、過ぎたことには何も言わないだけで、オレに素を出させようといつでも隙を窺っているのがわかる。
オレに素を出させて何が楽しいのか。
おかげで変な忍耐力というか、家の外でも中でも『うずまきナルト』を演じ続ける事が出来るようになった。いつ何処でカカシに会ってもいいように、気を抜かなくなったというわけだ。
実際、気を抜くのなんて、寝るときぐらいかもしれない。
「素のオレ…ってどういう意味?オレはオレだってばよ」
何の事か分からないという顔をしながら、最後ににっこりと笑う。それに返すようにカカシもオレに向かってにっこりと笑うが、本心じゃないのは解っているのだから不気味にも見える。
そう言ったらカカシは怒るだろうか。
もう、俺に近づいてこなくなるだろうか?
「……だって、敵にびびって動けなかったぐらいのお前が、いきなり自分でクナイを刺すじゃない。普段のお前からは考えられないな〜ってさ」
「もう絶対サスケに助けられるような真似はしたくねぇって思ったらさ、つい…刺してたんだってばよ。毒はちゃんと抜けたんだからいいだろ?」
ムキになっていたといえば、そうだろう。
何でオレはあの時、あんなにもサスケに負けたくないと思ってしまったんだろう。
負けて当然。勝つわけがないし、勝つ必要もない。勝ちたいわけでもない……はずなのに。
『うずまきナルト』としてサスケに勝ちたいなんて言ってはいるけど、オレの本音としてはそんな事は思っていない。
──ただ穏やかに生きられればいい。
忍者になったのは、他の仕事には就けそうにないと思ったからだ。どこの店も俺なんて雇いはしないだろう。だけど忍者ならば、それなりの働きをすれば任務も報酬ももらえる。
ただの生きる為の手段だ。
熱くなる必要なんてどこにもなかった。
そんなにオレは自分の作った『うずまきナルト』になりきろうとしてしまったのだろうか。
「手は大丈夫?もう痛くない?」
カカシが心配そうに聞いてきたが、オレは振り返らない。
「大丈夫!オレってば怪我は慣れてるし、治るの早いしさ」
相変わらず相手の顔を見て話すのは苦手。
それがカカシが相手だとなおさら苦手。
こっそりとため息をつきたいが、多分カカシにはバレてしまうだろう。その理由を聞かれたりしたら面倒くさいから、溜め息は我慢する。
「先生こそ、身体きついなら寝てろってばよ!」
オレなんかに構うより、体調の回復に専念してもらいたいものだ。あの再不斬が生きているというのなら、なおさらそう思ってしまう。
なんだかんだ言ったところで、結局あの男とまともに戦えるのはカカシだけなのだから。
例えオレたちがこれから一週間程度修行したところで、カカシの役に立てるかどうか…というレベルだろう。
もしカカシの回復が再不斬の回復に遅れてしまったら、もう俺たちはアウトだ。任務失敗どころか命さえ危うくなる。
「きついっていうかさ、動かないだけだしね〜」
「それならおとなしく寝てろよってば!無理して倒れて怪我とかしたら…」
「そんな間抜けじゃないよ。お前じゃあるまいし。」
言ってカカシが笑う。
なんて無駄な会話。なんて疲れる会話。
いつまでこんな事をしなければいけないのだろう。
『ナルト』なら、ここで怒らなければいけないのだが怒った振りをするのも疲れる。だけどオレは、素のオレを知られたくないと思っているのだから、そうなるとやっぱり怒らなきゃいけないわけで。
「オレだってそんなことするわけないってばよ!それに寝てなきゃいけない時はちゃんと寝てるっての!」
オレが怒って見せるとカカシは嬉しそうに笑いやがる。
何が楽しいのかオレにはまったく分からない。というかオレに笑いかける意味もわからない。
監視役なら監視役らしく、黙って監視してて欲しい。
必要以上に近づいて欲しくない。
でもそれを伝えるためには、素のオレじゃないといけないし。『ナルト』がわざわざ理由もなく人を遠ざけるための言葉を発するわけないし。