零式小説

□硝子細工な関係
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『知ってる?マキナってね、嘘をつく時って瞬きするんだよ。』

彼の幼馴染みの少女に教えられた彼の癖を、今初めて痛感した。
付き合い始めて二年と四ヶ月半、その癖で愛の終わりを悟った。




「マキナ。」
「‥なんだい?エース。」
最近ぼんやりとしているマキナに声をかけた。
僕とマキナは自他共に認める所謂恋人同士だ。彼の幼馴染みであるレムや彼の兄であるイザナも認識している。
しかし数ヵ月前からマキナは何処かぼんやりしていたり僕と距離を取ろうとする。あからさまではない、微妙な距離を。

高等部卒業間近になり授業も殆んど無くなって今も自習で各自席を離れて卒業後の進路や放課後の予定を話し合っている。だから僕もマキナに声をかけた。

「マキナが観たがってた映画のチケットをトレイから貰ったんだけど、今度の日曜に一緒に観に行かないか?」

ベタな恋愛映画。でも人気が高くて中々チケットを取ることが出来なかったが、同じクラスのトレイがシンクと観るために取ったこのチケットを譲ってくれたのだ。彼女は恋愛映画よりアクション映画の方が好きなのでそちらに変更したそうだ。

「‥分かった。良いよ。」
「本当?良かった。じゃあ久々のデート、楽しみだな。」
「‥っ、」

マキナが僕と距離を置き始めてから放課後でさえ一緒に帰ることも無くなり、久しぶりのデートで僕は嬉しくなった。
だから気付かなかった。
哀しそうに俯くマキナを‥。




日曜日。
薄暗い中指定された席に辿り着き座った。後ろの方の隅の席は実は一番穴場で中々座ることが出来ないが、今回は運が良かったようでこの席が空いていたのだ。

「良かったな。ここの席が空いてて。」
「‥そうだな。」

暗がりだからなのか、マキナの顔色があまり良くないような気がした。しかし声はいつも通りだったのであまり深く考えないようにした。

程なくして始まった映画。
内容は、すれ違いを繰り返し素直になれなかった男女が最後には互いの想いを打ち明け両想いになる、というものだ。

場面が中盤に差し掛かった頃、ふとマキナの方を向いた。最近距離をおくマキナの顔をじっくり見ていなかったから。
そして僕は息を飲んだ。

「‥マ‥、キナ?」

マキナは静かに、嗚咽も漏らさずただ、涙を流して泣いていた。スクリーンからの光で涙は光っていた。
マキナは此方の声が届いていないくらい映画を観ていた。
それに何故か心引かれ、僕はマキナの名を呼んだ。

「‥マキナ。」
「‥ん?何だ‥んっ」

絶えず涙を流すマキナに僕はキスをした。あまりにも切なそうで、儚くて、何処かへ消えてしまいそうなマキナを繋ぎ止めたくて。

映画に集中している周りは一切此方を気にしない。だから僕は、唇が腫れてしまいそうなくらい深く、マキナを感じた。
マキナは一切抵抗をせず、受け入れてくれた。
だからまた気付かなかった。
マキナが涙を流したシーンは、女性が男性を拒み別の男性と未来を誓う、というシーンだったということに。




映画が終わり、僕達は近くの喫茶店へと入った。日曜日なのだがこの喫茶店は比較的人が少なくて込み合った席が苦手な僕達でも気軽に入れてよく利用する店だ。

「良い映画だったな。」
「‥あぁ。」

映画の感想を述べるが後半はマキナの事であまり内容が入ってこなかった。しかし人気な作品だけあって最後は感動した。チケットを譲ってくれたトレイに感謝だ。
一通り会話をして僕はふと、キスをした時に感じたことをマキナに聞いた。

「なぁマキナ。シャンプー替えた?もしくは香水かなんか付けた?」

いつもマキナと共にいるときに嗅ぐ甘い匂い。お菓子みたいな、日だまりみたいな良い匂い。僕はその“マキナの匂い”が好きだ。
しかし今日キスをした時に香った匂いはあまりマキナから感じない別の匂いがした。何処か高級そうな香水のような香りが鼻を掠めた。

「っ!な、何で?」

それを聞いたマキナは何故か動揺した。でも僕が“マキナの匂い”を好きなのをマキナ本人は知らないからその動揺を黙殺した。

「何でって、いつも嗅いでる匂いじゃなかったからどうしたのかな?って思ったんだ。」
「そ、そうか‥。いや、うん。そうなんだ。いつものシャンプーをきらしちゃって、だから別のを使ったんだ。」

ハハハ、と笑うマキナ。

ぱちぱち

笑うマキナは、反して瞬きをした。

「え?」
「ん?どうした?エース。」
「あ、いや‥。」

マキナは自分の癖を理解している筈。だがレムも何度か指摘しているがその癖は中々直らないようだ。
気のせいだろうと思い、この後の予定をどうするか相談しようとした。

「なぁマキナ。この後どうす「エース。」‥マキナ?」

僕の言葉を遮ったマキナ。
普段そんなことすることが無いため思わずマキナの顔を凝視した。
その顔は悲しそうな、思い詰めるような顔をしていた。

「どうしたんだ?」
「‥っ、エース。あの‥、」

言い辛そうに俯くマキナは言葉を探すように目を泳がす。

「あの‥、‥。エース。」

やっと此方を向いたマキナの目は此方を見据えてた。僕の好きな“決意”した時のマキナの顔だ。
ただ、その決意の眼差しが遠く離れていく愛を感じた。

「俺達、別れよう。」
「‥ぇ、」

悪い冗談かと思えど、先程のように瞬きをしないマキナ。それが現実だと実感してしまった。

「な、何で?マキナ。僕が何かしたのか?なら謝るからそんなこと言わないでくれ!」

僕の中にあるマキナへの愛は初めて恋人同士になった時から変わらない。今はむしろその時以上にマキナを愛している。だから離れていこうとするマキナを必死で繋ぎ止めようとした。

「‥いや、エースが悪いんじゃないんだ。」
「ならどうしてそんな事っ!」

僕が至らないんじゃないのなら、何故マキナはそんな悲しそうな顔をするのか、僕には分からない。

「‥、俺は‥、俺にはエースに愛される資格なんて、皆と一緒にいる資格なんて無いんだ‥!」
「マキナ?!」

そう言ってマキナは店から走り出た。僕はマキナを追って急いで店を出た。
店を出た途端、僕の心情を察したかのように雨が強く降り始めた。




「っ、マキナ!待ってくれ!」

雨で前がうまく見れないが、それでも何メートル先のマキナをずっと追った。

『エースに愛される資格なんて、皆と一緒にいる資格なんて無いんだ』

資格なんて要らない。レムもイザナも、クラスの皆だって僕達二人を祝福してくれた。確かに世間一般から見たら男同士なんて認められないが、それでも皆は祝福して、認めてくれた。

マキナも喜んでいたじゃないか‥。
その時の笑顔を、気持ちを、マキナは忘れてしまったのか?




走り続け、マキナが少し先の方で立ち止まったのを見て僕も止まった。マキナよりも持久力も体力も無い僕は雨の中走り続けたせいでいつもより息が苦しく中々調わない。
ある程度落ち着いてきた時マキナの方を見たらマキナの側に車が停車した。

「‥マキナ?」

雨が降る中車から出てきた人物は濡れるのも構わずマキナの前に立った。
クラスの中でも長身の部類に入るマキナよりも長身の金髪の男。眼帯をしているその男は確か白虎ミリテス学院の高等部の教師だったか。以前朱雀ルブルム学院高等部と白虎ミリテス学院高等部の交流学習で見たことがあった。
その男は立ち尽くすマキナを濡れるのも構わず車内へと促した。マキナも遠慮がちに中へ入った。

僕はそれを呆然と見詰めていた。マキナがそのまま遠くに行ってしまいそうなのに、僕はすれ違った車の中のマキナをまるで別の人のように感じていた。




それから全てが一転した。

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