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□花束のチャント
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マキシミンは、クラドを訪れていた。龍泉郷の武器婆婆に、幾度目かの最高級花束を持ってこいと頼まれたからだ。
面倒くさい事この上無いが、何にせよあの老婆の依頼は報酬が高い。
自分のこの性格からして他人に嫌われる事には慣れているので、彼女の言葉遣いにもたいして違和感は無い。
そのためマキシミンは、武器婆婆に依頼をせがみに行く事が多いのだ。
「あら…マキシミンさん?」
「………よう。」
デイジーが、柔らかい笑顔でマキシミンを迎える。
むしろデイジーのような人間のほうが彼は苦手だったが、近頃は慣れてきた。
結局は、慣れる事に慣れてきたのだ、最近は。
「今日は何をご所望ですか?マリーゴールドと…あとプラバの花びらと、カニボレの花びらが入っていますよ。ああ、もちろんデイジーはありますし、あ、青い薔薇は少しですけど。」
「あ、ああ…」
今日のデイジーは、少しハイテンションなようだ。
いつもはただ、その見えない目で見つめるかのように静かに佇んでいて…このように、まくしたてるような話はしないのだが。
しかも、普段は絶対に無いプラバやカニボレの花びらなどというものが入荷しているではないか。
頭をひねると、マキシミンはうっかり、彼らしからぬ事を聞いてしまった。
「…何か良い事でもあったのか?」
言ってしまって後悔した。
まるで聞いてほしかったとでも言うように、彼女は頬を薄く染めてにこりと笑ったのだ。
「以前、私に音楽を聞かせてくださった冒険者様がいるんです。」
普段とは打って変わって、うきうきと話し出すデイジーを見ながら、マキシミンはもうどうにでもなれと思った。
「…ああ、それで?」
「それで…その、最近はクラドに新しい人が来る事が増えたでしょう?おかげで私の花売りもけっこうな売り上げを上げているんです。
それで、少し冒険者様にお金を払って私が取りに行けない遠いところにあるお花とか、モンスターから取れる花びらなんかを持って来てもらったらどうか、ってロイドさんが…あ、ロイドさんは私の恋人です。」
そんな事みんな知ってるだろ…と心の中で呟きながら、マキシミンは相づちを打った。
「それで、ロイドさんがそう言うものだから、ネロリーさんに頼んでみたんです。
そしたら…最初に言った、あの冒険者さんが、来てくれたんです。プラバの花びらとカニボレの花びらを50枚ずつも持って!
感動でした…ロイドさんを呼んだらすぐに飛んできて、2人で何度も頭を下げたんです。
そしたら、今度はその場に座って、歌を歌ってくださったんです。何でも、神聖チャントという特別なものらしくて、冒険者様が歌うとみるみるうちに花達が元気に…」
「おいちょっと待て!」
デイジーの話を聞きながら既に夢現になっていたマキシミンは、神聖チャントという言葉に異様に反応した。
マキシミンが突然大声を上げたので、デイジーも口をぽかんと開けて言葉が止まってしまった。
「神聖チャントだって!?誰なんだ、その冒険者ってのは!」
名前は!?と叫ぶように聞くが、デイジーは、わからない、と言うだけだった。
特徴は、と聞いても彼女にわかるはずもなく、イライラが募るばかりだ。
いったい何処の誰が、神聖チャントの存在を知ったというのだろうか。
あれを知っているのは、ボリスとジョシュア、リチェ、ティチエル、それから自分だけのはずだ。
しかもそれを歌えるとなると、ジョシュアだけとなる。
「…て、事はジョシュアか?」
「そのジョシュアってのは、髪の毛が灰色?美人?幽霊まとわりつかせてる?」
マキシミンが一人、自己完結しかけた時、近くにいた卵売りのノマが口を挟んだ。
それを聞いた瞬間、やはり、と溜息を吐く。
「…ああ、そうだよ。」
ったくあいつは不用心にチャントの話を…とマキシミンが今ここにいないジョシュアを責め始めた時、結界を挟んで反対側にある売店のルディが大声をあげた。
「やだぁ!あの時の冒険者様じゃないですかぁ。お元気でした!?」
「まあ…はい…」
「今日はどうしてクラドに!?お仕事ですかぁ?」
「ああ…はい…」
…ジョシュアだ。
完璧にルディのテンションに引きずられている。
「まぁ!私にお手伝いできることあったら言ってくださいね〜」
「ああ…仕事のほうはもう…」
「終わったんですか!残念だわぁ!」
あはは…と笑いながら、適当に相づちを打っている。ほっぺたが上がっていなければ先ほどのマキシミンと同じだ。
「もうお帰りになられるんですか!?」
「はあ…まあ…」
尚も、デイジーならば目盛りを振り切っているくらいのハイテンション(ルディには普通)で話を続ける彼女に、ジョシュアは強行手段を行う他、逃げ道は無かった。
「ルディさん、」
それを目にした瞬間、見なきゃ良かったと言わんばかりにマキシミンが眉間に皺を寄せた。同時に青筋を立たせ薄笑いを浮かべる様は、まさに凶器だ。
それをまともに見てしまったノマは、やはり見なきゃ良かったと言わんばかりに顔を思いっきり逸らすのだった。

ちゅ。

ルディの口を人差し指で軽く押さえ、ジョシュアは自分の唇を彼女の鼻に押さえつけた。
所謂キス。
「………ちょ、あ!」
顔を真っ赤にしながら慌てふためくルディを見、ジョシュアは内心、やった!と思った。
さらに左目を瞑りウィンクすると、やはり彼女は、ぼんっ、という効果音と共にへなへなと地面に座り込んだ。
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