戦国BASARA

□綺麗なもの
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「小十郎」

 ささやかな呼び声が耳に響いた。
 その声色は何とも凛々しく聞こえ、また同じく儚いものにも聞こえる。
 振り返ると、まだ褥に横になっていない政宗がいた。
 既に子の刻は過ぎているため、些か遅い就寝なのにも関わらず。

「…政宗様。お体に障りますぞ」

「Ha、今はそんなヤワな体じゃねぇよ」

 そう切り返すその様は見慣れた主の姿。
 半刻前まで酒を飲んでいたのが悪かったのか、目は爛々と輝いている。
 目の奥に覗いた一種の光を見つけたその瞬間、小十郎は目をそらした。
 気付いてはならない光。

「小十郎」

 再び呼ばれる。 先程よりも、絡みつくように。
 知っている、この声色の感情を。
 だが小十郎は失礼を承知で立ち上がり、障子まで下がった。
 背を向けたまま、ただ告げる。

「明日は小さけれど戦があります故、どうか御身をお休みになられよ」

「待て」

 短い、だけれどもこの足を止めるのに充分な言葉。
 自らの喉に汗が流れたのを小十郎は感じた。この場に留まって自分は、断れるだろうか。
 政宗からの、誘いを。
 そのまま首だけ振り返ると、政宗がふわりと笑んだ。
 目の奥の光はそのままに、その感情を抑えつけるかのような笑み。
 小十郎は察した。 政宗もまた、誘うのを止めようとしている。
 きっと、小十郎の態度から何を意味するのかを感じて。

「Ah、分かった。寝ればいいんだろ。 だから目で非難すんな」

「…それは、申し訳ありません」

「ったく、久々に子守唄でも聴こうかと思ったのにな」

 すぐに悪戯しそうな笑みに戻しながら、政宗は呟いた。
 それが本当でもいいと、そんな気持ちが滲み出ている。
 本当は違うのだ。 それを気付いている小十郎は、その場で平伏する。
 子供のような心を持っているのに、いつからか欲を覚えていた。
 ただ、それだけなのだ。

「良い夢を、政宗様」

「朝起こすの忘れんなよぉ?」

 喉で笑った政宗は、そのまま横になった。
 平伏したその顔をあげた先に見える首筋に、またも視線をそらす。
 何て自分は愚かなのだろう、と小十郎は自らを戒める。
 いつの間にか握り締められていた拳からは、今にも血が浮かびそうだった。
 我が主は知らないだろう。 知ったらきっと、穢れてしまう。
 無垢な瞳に隠す感情を、己の前で曝け出そうとするだろう。
 だから小十郎はただ、ひたむきに主従の垣根を守ろうとしているのだ。
 穢れてはいけない、大切な主だから。

「…良い、夢を」

 再度言ってから、外へ出る。
 閉めたその障子越しから、わずかに名を呼ばれた気がした。




『綺麗なもの』


穢れはすぐ付いてしまう。 貴方の心に穢れをもたらすのは、俺なのかもしれないから。


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