戦国BASARA

□後にカラスは喜劇と名付けた
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  春うらら。
  和やかな時間。


「政宗殿ぉおおおっ!」

「んあッ?」

 いずこから聞こえた大声に、政務の時間ながら夢の世界へ飛び立ちかけていた政宗は不意打ちに思わず顎をぶつけかけた。
 同時に巻物を取り落とした小十郎が、一瞬固まったように動きを止める。
 春の陽気が安らかに、大声に反応してか鳥達はいずこかへ飛んでいった。
 と、小十郎はゆらりと障子の外へ向かって一歩踏み出す。

「…政宗様、どうぞこの小十郎に出陣の許可を。ええそれはもうすっぱりと斬ってみせようぞ」

「とりあえず出陣じゃねぇから落ち着け?」

 もしかしたら飛んでる蝿一匹ぐらい触れずに殺せるんではないか、と思うぐらいに僭越された覇気が小十郎の背中から伝わってくる。
 金属製の音が微かに聞こえた。鯉口から刀を抜いた音だろう。
 きっと表情は恐ろしいぐらい無表情なんだろうと思いながらも、 政宗は苦笑しつつ言った。

「小十郎、お前そんなに客嫌いだったか?」

「何を仰るか。あれは正真正銘敵でございますぞ」

「言いながら障子の外に出んなっつーの」

 今すぐにでも斬り捨てたいという小十郎の思考が現れたかのように出ていこうとした小十郎を、政宗が冷静にツッコんだ。
 何の因果か、刹那見計らったように大声の主が違う方向の障子から現れる。
 赤い服が特徴の『猿に飼われてる猿』、真田幸村だ。
 政宗を視界に入れた幸村は、ぱぁっと顔を輝かせた。

「政宗殿っ!おお、こんなところに居られたでござるかっ!」

「相変わらず声でけぇよなーお前は」

「そ、そんなに褒められても困るでござるよっ…!」

「って、一体いつ俺が褒めた」

「そこまでだ真田幸村」

 ツッコミの後に聞こえた声は、冷え冷えと響く。
 瞬間、政宗の前に小十郎の右腕が伸びた。守るというより視界を遮るように見えるそのたくましい腕は、小十郎にしてみれば利き腕ではない。
 つまり、もうすぐ戦闘体制デスと言わんばかりに手を刀に添えているわけで。
 小十郎が前に立ちふさがったことによってたたらを踏んだ幸村が、慌てて弁解に入った。

「あ、片倉殿! すまぬが某は戦いに来たのではなく、政宗殿に―…」

「おっと、それ以上近付くんじゃねェぞ…。首が飛びたくなければな…!」

 前言撤回、既に小十郎は戦闘体制だった。
 殺気を隠すよりもむしろ晒け出しているのではないかというぐらいの堂々っぷりで刀を掴んでいる。
 …もしかしたら、目の前の幸村にしか気を配ってないんじゃないか。政宗は少し嫉妬しかけて自分で呆れてみる。
 と、幸村の後ろから何かがひょっこりとぶら下がってきた。どうでもいいがこの廊下にぶら下がる場所などないはずである。
 異例のお調子者の忍『猿を飼っている猿』、佐助だ。

「旦那ー、だから言ったっしょ? 右目の旦那は厳しいよってさ」

「無論承知しているが…。片倉殿!某は真に戦意を持って訪れたわけではござらぬ!」

「安心しな、まとめて叩っ斬ってやるよ…!」

「…あの目は、退散した方がいいんじゃない旦那?」

「だが、まだ一言も交わしてござらんのに…っ!」

「いやさっき交わしたでしょ」

 とんとん拍子に会話が成立していく不思議な光景だ。
 と、ふと小十郎が、後ろに感じる気配が消えている事に気付く。
後ろを振り返ると、さっきよりだいぶ離れた所に主である政宗の背中が見えた。
 …部屋の隅で密かに背中を震わせて。

「ま、政宗様!」

 慌てて刀をしまって駆け寄ると、事態に気付いたのだろう幸村が同じように走り寄ろうとした。
 即座に小十郎の殺気に気付いた佐助に止められたが。
 小十郎が政宗の隣に膝をつくと、政宗は横目で睨み付けた。微かに鼻が赤くなっている。
 若干涙目のまま、ぽつりと呟いた。

「…無視すんじゃねぇよ馬鹿こじゅが…」

 不覚にも胸に何かがきた小十郎は、自身が相当末期なことを感じた。
 後ろの方で床に何か垂れる音がする。…佐助の呆れる声が聞こえる事から悪いことしか浮かばない。
 あえて後ろを気にせずに、小十郎が平伏した。

「申し訳ございません政宗様。この小十郎、お守りする事に全神経を注ぎ込んでしまいました故」

「んなこといいから俺の存在を無視すんじゃねぇよ…!」

「そのような事は一切御座いませぬ。御安心下さい、政宗様」

 鉄面皮の裏でつい声を和ませると、政宗が一瞬ぱっと子供のように顔を明るくさせた。
 正直幸村達が遠くに居てこ十郎は心から感謝した。―…こんな笑顔をよその奴等に見せるものか。
 その考えからして末期なのだという事は重々承知しているつもりで。
 政宗もそんなに心底落ち込んでいたわけではないらしい。 一番落ち込むのはいざ話しかけて無視される時だと知っていた。
 すぐに気を取り直したように幸村達のところへ戻る、…それでも心配なのか何気なく小十郎の小袖を引っ張っていたりするが。

「Ha!とにかくお前らには人の国に入った時の礼儀を、……?」

 ふと異変に気付いた政宗が、幸村を凝視して口を引きつらせた。
 小十郎がさっき考えた『悪いこと』が、どうやら本当に起こっていたらしい。
 さっきの垂れる音は止めどなく、ぽたぽた床に赤い池をつくっている。…幸村が鼻を押さえてる手から。

「バ、バさむメボのっ…!」

「今俺の名前を言ったのかおい?」

「何と可憐なお姿かっ…!この幸村、思わず鼻血が出てしまった所存でゴざムッ…っ!」

「貧血になりたいの旦那?」

 もしかしたら下の空き室には既に雨漏りならぬ血漏りが発生しているかもしれない。
 余りの光景に立ち直ったばかりの政宗が一歩引いたと同時に、小十郎が一歩踏み出した。
 左手には抜いた刀身。額には青筋。
 それに気付いた幸村は何をするわけでもなく、ただ政宗に。

「政宗殿、好きな物は何でござろうかっ?」

「―…叩っ斬るァ!」

 どうやら保護者からの許可はおりなかったようで。
 小十郎が斬りかかった刹那、Ah?と問い返した政宗に幸村が鼻血を大量放出させた。
 決して和やかではないけれど賑やかな空気に、佐助は障子に寄りかかりながら片目をつむる。
 どこか飄々として、そしてどこか楽しげに。

「ほんと、元気だねー」

 カラスが一羽、ある木の上から高らかに鳴いた。


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