Fate (SN/HA)

□Prologue
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 夢を見ていた。昔の夢を。
 赤い世界で幼子が泣いている。その声を意識の遠いところで聞きながら、私は死にゆく世界を歩いていた。
 煤けた空、溢れ出す因果。誰が何の為にと考えたが、理由などどうでもいいと思考を中断させる。今重要視すべきは、声の主を助けるかどうかだ。
 段々大きくなっていく慟哭。黒い存在が幼子を護っているのに気付いたのは、彼等と数歩の距離まで辿り着いた時だった。
「君は」
 私の気配に気付いた男が振り返る。
「初めまして、ですね」
「ああ、初めまして」
 死が蔓延する世界で交わされた音はひどく滑稽で、思わず微笑が口元を彩る。
「君の名を聞いてもいいかな、お嬢さん」
「私は――」



「士郎、いつまで寝てるつもり?」
 疲労困憊といった雰囲気が抜けきらぬまま土蔵で突っ伏していた存在を揺り起こす。
「うぇ? あ、あれ? 彩香……?」
「ええ、そうよ。貴方のおねー様の彩香さんですよ。寝ぼけるなとは言わないけど、早めに支度したほうがいいんじゃないかな?」
「え!?」
 私の言葉に促され、慌てて起き上がる存在。彼の人物を衛宮士郎という。
「やっば」
 焦る士郎にため息を一つ贈って、手にしていたバッグを放り投げた。
「うお!」
「ほら、それもってさっさと行く!」
「悪ぃ彩香! サンキュー!」
 鞄の中で弁当箱が揺れる音がする。きっと中身は悲惨な状況になっていることだろう。それもこれも士郎が寝坊するのが悪いのだと肩を竦めた。
「私今日バイトだから、夕飯いらないからねー」
「分かった! 彩香も気をつけろよ!」
 最近物騒だからな。そう言い残して士郎は学校へと走って行った。
 誰も居なくなった土蔵で士郎の言葉を反芻する。朝のニュースでも新都の方で爆発が起こったと物騒な内容を放送していた。何かにつけてトラブルに巻き込まれやすい体質の弟が無事であればいいが。
 慌ただしさが嘘のように静まりかえった空間を脱出し、空を仰ぎ見る。
「青いなぁ」
 雲一つない空は少しばかり目に痛い。
「あの日も青かったなぁ」
 誰に言うまでもなく呟いて、アルバイトへ行くために支度を始めた。



「で」
 帰宅した後、昏睡する士郎を前に言葉を紡ぎ始める。
「遠坂さん」
「は、い」
 私の言葉に姿勢を正す遠坂さん。
「これはどういう事なのか説明してもらえるんですよね?」
「えっと、その」
 口ごもる遠坂さんにため息を一つ漏らして、私は疲れ果てた音を紡ぎ始めた。
「嘘を言えとは言いません。言う方も、言われる方も良い気分はしませんから。ただ……」
 荒い息をつく士郎の額をそっと拭い、軽く目を閉じる。
「一度死を迎えた者が何故生きているのかの説明だけはしてほしいですね」
「っ!」
 消せるハズのない外傷。普通に生きていたら決してつくことのない傷は、隠そうと思っても隠しきれない。私の言葉に息をのむ遠坂さんの反応からみても、弟は一度死んだとみて間違いないだろう。
「遠坂さん。私は部外者ですから、口を挟むようなことはしません。それでも、私は衛宮士郎の姉として知らねばならぬことがあります。ご理解いただけますね?」
「……はい」
 がっくりと肩を落とす遠坂さんから聞いた事の顛末に、軽く眩暈がした。
 切嗣、貴方から託された弟は、やはりトラブルメーカーなようです。
 理想に向かってひた走る弟を馬鹿だと思った時期もあるが、今ほどそれを実感したことはない。他人を助ける前に自分が死んでどうする。
「まぁ、士郎らしいけどさ」
「彩香さん……?」
「あー、いや、気にしないで」
 我慢しようと思っても出てしまうため息。いったいどれほどの幸せが逃げていったのかと思うと、心の底が重くなる。
「とりあえず夜も遅いですし、今日は泊まっていってください」
「ありがとうございます」
「お風呂もまだでしょう? 支度してしまうから、入ってちょうだい。女の子はいつでも清潔でいなくては、ね?」
「彩香さん」
「んー?」
「どうして」
「なにが?」
「どうして貴女は受け入れてしまうんですか!?」
 私の態度が気に食わなかったのか、握り拳を作って遠坂さんが抗議の声を上げる。
「どうして、っていわれても。終わってしまったことは仕方ないでしょう? 大切なのは「現在」違うかしら?」
「だから、なんでそうやって! 死んだのは貴女の弟ですよ!?」
 癇癪じみた声を上げる遠坂さんの言いたいことは分かる。正直私だって良い気分がしているわけではない。遠い昔、切嗣に見守ってくれと頼まれた。士郎が誤った道を進まないように、出来るだけ近くで見守ってくれと。
 でも。
「遠坂さん、貴女も知っての通り、私は士郎の姉です。でも、それでも……口を出していけない境界もあるの。弟という存在が突如目の前から消える結果になっても、私は保護者であり、決してパートナーではないのだから」
「それは……衛宮君が……」
「凛ちゃん」
「ッ!?」
 呼び方を変え、私は遠坂さんにまっすぐ向き合う。
「貴女の口調は、私に関与してもいいと言っているのと同罪だけど、本当に良いのかしら?」
「そ、それは!」
「私が保護者として士郎の側に立つならば、自然と貴女たちが抱えている問題に一緒にあたることになる。それを遠坂凛は望まないのではなくて?」
「彩香、さん」
 悔しげに顔を歪める遠坂さんの頭に軽く手を置いて、「意地悪したわ」と謝罪の音を口にした。
「とりあえずお風呂入って今日は寝て? 明日士郎が起きてから色々聞かせてもらうから」
「――はい」
 反論を許さぬ音で終了を告げる。
 ああ、まったく。問題児を抱えると大変だ。屋敷内に存在する異質な気配にどう対応すべきか悩んでみたが、面倒事は明日に回してしまおうと意識を切り替え湯船の準備に取りかかる。
「あ、あの彩香さん」
「んー? まだ何か?」
 背後からかかった声に振り向けば、ほんのりと頬を染めた遠坂さんが立っていた。
「換えの服なら私のを……」
「いえ、そうでは、なくて、その」
「?」
「私のことは、凛。と」
「――あぁ」
 どうやら気付かぬ間にフラグを立ててしまったようだ。
「じゃ、お言葉に甘えて」
 よろしくね、凛ちゃん。そう微笑みかければ、凛ちゃんが嬉しそうに目を細めた。

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