Fate (SN/HA)

□祭リク3・24・52
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 水音を響かせながら夜空を見上げる。雲一つ無い夜空を彩る月と花霞は、幻想的な雰囲気に浸らせてくれ心を満たした。暖かな湯気を吸い込みながら風呂の縁へ頭を乗せる。少し熱めの温度と頭部を冷やす空気の温度差が心地良い。
「はー……やっぱり一人湯って最高ー」
 至宝と呼ばれるだけのことはあると幸福を満喫しながら、ゆっくり息を吐き出す。
「飲物持ってくれば良かったかなぁ」
 日本酒とまではいかないが、冷えた飲物を持ち込めばさらに体感温度の違いを満喫出来たかも知れないと思うと、少しばかり残念な気持ちになる。どうせならば心ゆくまで温泉を堪能したかったが、私も詰めが甘いようだ。
「昼間は昼間で楽しかったけど、夜は夜の顔があるものね」
 朝から忙しない一日だったと今日の出来事を振り返れば、口からこぼれ落ちるのは苦笑だけ。
 いきなり温泉へ行くと連行され、途中で何故か士郎と凛ちゃん達の妨害に遭い、結局全員で温泉に入ることになったわけだが……。
「ラック、ねぇ?」
 幸運が上がる温泉だと凛ちゃんはいきり立っていたが、実際効果は出ているだろうか? 幸運なんてあやふやなもの、数値で視認出来ないことには信じがたい。
 小さな事から大きな事まで、人により幸せの尺度というのはピンキリだろう。私のように快晴が広がっているだけで幸せだなぁ、と思う存在だっているだろうし。
「そもそも幸せの定義ってのが曖昧よね」
 身を浸す濁り湯を片手ですくい流れ落ちる様を見つめれば、美味しそうなミルキー色をしたお湯から甘い香りが漂ってくるような錯覚を覚えた。
「そういえば最近イチゴ牛乳飲んでないなぁ……」
 以前は良く銭湯帰りに買ったものだと過去を振り返り、当時出会った人達はどうしているのだろうかと些細な疑問を抱いた。初めて冬木の地に来た時開催されていた聖杯戦争の勝者が誰かは知らないけれど、ギルガメッシュが現存しているということは、彼のマスターが勝者であったのだろうか。
「ま、別にどうでもいいか」
 今大事なのは一人湯を満喫することである。明日の朝には帰るのだし、限られた時間をめいいっぱい楽しまねば。
「ごくら……」
「独りで随分楽しそうではないか彩香」
「な、なんっ!」
 突如視界に現れた金の存在に、言葉が思うように出てこない。
 しかも天上天下唯我独尊と己を誇示する王様は、均整のとれた肉体美を惜しげもなく晒して下さっている。誰でも良いからバビロンから辞書の原典を取り出し、慎みという単語を投げつけてやってほしい。混乱する頭で考えたはいいが、実際行動に移せる人物はゼロに等しく浮かんだ策はあえなく却下された。
「いっ、いつまでもそこにいると、冷えるんじゃない?」
 せめて視界の暴力を封印したいと紡いだ音にギルガメッシュは腕を組み、小さく鼻を鳴らした後これまた高慢な動作で湯船に片足を浸けた。
「何故逃げる」
「へ? 別に、逃げては」
 自分以外が立てる波紋が肌をなぞり、熱めの湯に入っているにも関わらず鳥肌が皮膚上に出現する。
「ね、寝てた……んじゃ、ないの?」
 男性陣とは部屋が違うが、私が部屋を出た時に人が動く気配はなかった。一人湯を楽しみ始めてからもそう時間は経っていないし……あれか、サーヴァントは眠らないという……あ、でもギルガメッシュは受肉しているわけだし……。なんだかよく分からなくなってきた。
「我を差し置いて楽しむなど言語道断であろう」
「……はぁ」
 さようなら私の一人湯。折角ゆっくり出来ると思っていたのに、これでは逆効果だ。
「……ね、ちょっと近……」
 知らぬ間に詰まっていた距離に逃げ場を探すが、私の背に当たるのは湯船の縁だ。湯気が煙る中、妙に目を惹く赤さに本能が退散指示を出す。
「ギルガメッシュはのんびり入っていけば? 私はそろそろ――ッ!」
 音を立ててギルガメッシュが距離を一気に詰めた。その事に気付いたときには時既に遅く、一際熱い熱源が私の片腕を縫い止めていた。
「何故逃げる、彩香?」
「べっ、別、に……」
 同じ台詞を繰り返しギルガメッシュが顔を近づける。湯気と水滴で濡れた髪がしっとりと肌に張り付き、心臓が奇妙な鼓動を刻んだ。
「彩香、我を見よ」
 顎に掛かった手が強制的に視界を固定する。顔に熱が集まるのが分かったが、湯に浸かっているせいだと理解してほしい。
「ちょ、ちょっとギ……」
 縮めた足に触れた感触に全身が硬直する。体の動きに応じて波打つ水面にギルガメッシュは両目を眇め、私の唇に触れるだけのキスを落とした。
「……なに、するの」
「何とは、おかしなことを言う」
 空いている方の手でギルガメッシュの肩を押したが、触れた熱さに思わず指先を引っ込めてしまった。
「ねぇ悪ふざけなら――」
 続くハズの言葉が出てこない。近い距離に存在する紅玉に吸い込まれそうな錯覚になりながら、一つの感情が胸中を占める。絶対に有り得ないことだと分かっているのに、ギルガメッシュが、泣きそう――だ、なんて。
「んっ……ッ」
 再び重なった唇は甘く脳を溶かしていき、素肌を辿る指先に嫌でも震えが走る。
「っ、は……ぎる……んぁっ」
 呼吸の合間に呼んだ音すら許さぬと言いたげに、彼の暴君は人の咥内を好き勝手蹂躙する。身を浸す熱さと、身の内から湧き出る熱さにまともな思考が働かない。
「やっ、ん! ぎ、ギルガッ、ま、まって、まって!」
 胸の頂きを掠めた指先に思わず声が上がった。回転数が下がった脳をフル稼働させ、熱を煽る指先を捉えることに成功する。生理的な涙で不鮮明な視界の中、捕食者の色を浮かべる暴君に批難の視線を向け、「やめて」と再度己の意志を告げた。
「彩香、知っているか」
「……何を」
 くらくらする意識を必死で繋ぎ止め、言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。
「情事の際における否定の言葉は肯定とみなすらしいぞ」
「……なっ!」
 悪人そのものの笑みを貼り付け、ギルガメッシュの指先が行為を再開させる。
「あっ、あうっ……んぁ……ッ」
 好き放題人の胸をいたぶる仕草に窘める言葉すら紡げない。形容のし難い感情が脳内をぐるぐる回り、口から出てくるのはため息に似た音だけ。
「彩香、面を上げよ」
 感覚に耐えるよう目を瞑れば、窘めるギルガメッシュの声が現実に引き戻す。
「だ、って……ンッ……お、おかしく、なりそ……ッ、で……」
 痙攣するように引き攣る体を必死に押さえながら、唇を噛みしめる。気を抜いたら変な声を出してしまいそうで辛い。
「強情な女よ」
「なっ!」
 急に引っ張られ力の入っていなかった体は、そのままギルガメッシュの膝上に乗り上げる形となった。密着した部分から伝わる熱さは先程までとは段違いで、僅かに残っていた正常な思考が焼き切れそうな感覚に陥る。
「ギ、ル……あつ、い」
 行き場の無くなった手をギルガメッシュの背に回せば、素肌が触れているという事実を再認識し、いたたまれない気持ちになった。
「思うがまま、啼け」
 背筋をなぞる指に息を詰め、人を散々煽っていた存在が下肢に触れた事に奥歯を噛みしめる。
「やっぁ……ギル……ッ!!」
 触れられた事のない場所に差し込まれた指先。
「あ、っ、あぁ……ッ!」
 直接的な熱さに意識が飛びそうになる。人の体内を好き勝手動き回る指先と共に入ってきた湯のせいで、体内温度が狂いそう。寒いのか暑いのか、もうよく分からない。ただ全身を覆う寒気に似た感覚に耐えるべく、目の前にあった肩先に噛みついた。
「――ッ! 彩香、やってくれるではないか」
 頭上から降ってくる音に反論したいが、体が硬直してしまって動けない。ギルガメッシュもそれを分かっているのか、背に回していた手を後頭部に回し濡れた髪をゆるりと梳いた。
「彩香、力を抜いておけ」
 耳元に落ちる音を認識すると同時に、体内をまさぐっていた指先が引き抜かれる。己の神経を引っかき回す原因が離れた事に安堵の息をつき、噛みついていた肩口から顔を上げた。
「ね、ギ……」
 僅かな浮遊感と笑う気配。目元に張り付いた己の髪が邪魔だと、背に回した手を動かそうとして……。
「あ、アァァ――ッ!!」
 突如身を襲った暴力に目を見開いた。頬を伝う感触は、涙なのか水滴なのか。
「ッ、ふ……なかなか」
 遠くでギルガメッシュの声が聞こえるが、何を言っているのか理解出来ない。ただ体内にある熱さが脈打つ度、不可思議な感覚が全身を襲い残った思考を焼き切っていく。
「息をしろ、彩香」
「っ、ッ」
 言われて己が呼吸を止めていた事に気付かされた。
「は、っ、あ……ぁ……」
 呼吸とはどのようにするものだったか。陸に上がった魚のようにひっつれた息を吐いていたら、見かねたのかギルガメッシュが私の咥内に息を吹き込んだ。
「っ、ふ……」
 幼子をあやすよう背を撫でる感覚に目頭が熱くなる。
「彩香」
 呼ばれた名に応えるよう、目の前にある首筋に鼻先を埋めた。
 暑い、熱い、ただただ、あつい。気持ちがいいとか悪いとか、そういう感覚以前に思考回路がゼリー状に溶けていく。自分以外の鼓動を体内に感じながら、力の入らない手で再度ギルガメッシュの背にしがみついた。
「我を楽しませよ、彩香」
 宣言のように告げられた音に体が強張る。反射的に埋め込まれたものを締め付ければ、ギルガメッシュが息を詰めた気配がして少しだけ気持ちが高揚した。
「アッァ……っ、んぁあっ――ッ!」
 下から突き上げられる衝撃に浮力も伴い体が浮きそうになる。バシャバシャと音を立てる水面をぼんやり見つめながら、言葉にならない声を吐き出し続けた。時に緩く時に激しく体内を蹂躙する熱に、感じた事のない感覚が脳髄を占領し溶かす。
 自分という存在が溶けて消えてしまいそう。この恐怖に似た感覚を快楽と呼ぶならば、人は快楽によって死することが出来るのではないだろうか。
「ぎっ、ギル……っ、んっ」
 思わず呼んだ名にギルガメッシュが笑う。
 緩やかになった律動に呼吸を整えながら顎にかけられた手に従い顔を上げれば、視界を埋め尽くすのは満足気に笑む赤い宝石。
 自然と近づいた顔に泣きたい気持ちになりながら、そっと目を伏せる。差し込まれた舌の熱さよりも、体内に埋め込まれた熱の方が数段熱い。同じ存在から与えられているのに不思議なものだと口元を歪めれば、気付いたギルガメッシュが一際大きく体内を穿つ。
「――ッ、ッ……!」
 悲鳴はギルガメッシュの咥内に吸い込まれ、最奥に容赦なく与えられた衝撃が瞼の裏に星を飛ばす。ちかちかと何度も点滅する星を見つめながら、身を襲う感覚に叫び声を上げた。
「あ、あぁ――ッ!」
 真っ白に塗り尽くされる意識の中で、注がれた極上の甘露が毒のように神経を犯し全身に染み渡る。
 そういえばギルガメッシュと直接的な魔力供給を行ったのは初めてだったと場違いな事を考えながら、徐々に狭まる視界に意識を手放した。



 結局、私達だけがもう一泊することになったのは当然の結果と言えよう……。


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