Fate (SN/HA)

□冬の城
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 約束があった。
 果たさることがないと分かっているのに、それでも守りたくて。
 忘れるのが悔しくて、意地でも貫き通してやろうと心に決めた。
 いつかなんて夢は見ない。
 もしもなんて期待は持たない。
 ただ勝手に守って、勝手に待っているだけ。強い思念はいつしかこの身を蝕んだけれど、守ることを止めてしまったら、自分という存在を否定してしまう気がして。
 つまり、守り続けることはやはり自己満足なのだ。



 冬の城へ行くと士郎と凛ちゃんは言った。
 今度こそケリを付けに行くのだと、赤い英霊に良く似た背を私に向け、家を後にした。いま衛宮邸にいるのは、本調子でない桜ちゃんとライダーさん。それに私とギル様。まぁギル様に至ってはたまたま帰ってきていて、たまたまここにいるだけだが。
「雑種共が小賢しい事を」
「そう言わないの。あの子達はあの子達で頑張ってるんだから」
「フン、せいぜい足掻くといい。ときに彩香よ、お前はどうするのだ」
「んー?」
 衛宮士郎を見捨てる事の出来ない衛宮彩香はどうでるのかと、ギルガメッシュが問う。
「どうしよっか」
 空は曇り、夕焼けは拝めそうにない。
 夕飯の献立も決まらないし、洗濯物は乾かなかったし。
 縁側に下ろしていた重い腰を上げ地面に足を付けば、這い上がるような冷たさがある。
 私の横に立ち言葉を待つギルガメッシュ。マスターとサーヴァントというのは、このような立場でいるのが理想的なのだろう、きっと。そんなどうでも良いことを考えながら、雲の合間から覗く月を見上げた。
 重苦しい空に時折現れる金色。同じ色彩を持つ人物に視線を移せば、赤い瞳がこちらを見下ろしていた。
 力なく下ろされていた片手に指を添えてみれば、反射的にぴくりと動く。しっかりとした温もりを持つ手を握ると泣きたい気分になった。
「ギル様知ってる? 手が温かい人って心が冷たいんだよ」
 視線を逸らさずそう言えば、「知ったことか」と不遜な言葉が紡がれるから。
「ねぇ、ギル様。お願いがあるんだけど」
 一歩を踏み出す勇気が出た。



「な、なんでアンタがここにいるの!?」
 痛む令呪に眉を顰めながら、森の奥深くからの脱出を試みる。狂戦士が追ってくる気配はない。息も絶え絶えといったセイバーと士郎を横目に出口へと向かう途中、見慣れた……だが居る意味が分からない人物を視界に捉え、凛は歩みを止めた。
「何故とは馬鹿な事を聞く」
 ロールスロイスに背を預け、居ないハズの金のサーヴァントが踏ん反り返っていた。アインツベルの森の中で。
 あまりにぶっとんだ状況に脳が理解を放棄しようとするが、彼の存在が「アーチャー」の名を戴くサーヴァントであるのを考慮するに、単独行動していてもおかしくないと自身を納得させる。
 ただ訳が分からないのは、なぜ高級車を背にしているのかということだ。いくら馬鹿でもここまでドライブには来まい。
 困惑する凛にかまわず、金の存在は「早く乗れ」と三人を急かす。
「の、乗れってどういうことだよ! 説明しろ、ギルガメッシュ!」
 士郎が吼えれば「煩い」と顔を顰め、ギルガメッシュはこれ見よがしにため息を吐き出した。
「我がここに居るのが彩香の願いでなくなんだというのだ」
「なっ……彩香、が?」
「どういうことですか、士郎。何故彩香が……」
「お、俺も分からない」
「口論してても始まらないわ。とりあえず、今は逃げるのが先決よ」
 凛の言葉に人を見下す笑みを浮かべ、ギルガメッシュが運転席に乗り込む。
 促されて車内に腰を落ち着ければ、現在の状況とそぐわない快適さに士郎は妙な気分を覚えた。
「なぁ、なんだってアンタが――」
「くどいぞ雑種」
 手慣れた手つきでギアを入れ、振動一つ感じさせずに車は走り出す。
「なんで彩香が……」
「アンタの姉でしょ、士郎。仮にも衛宮の名を継いでいるんですもの、応援を寄越したとしても不思議じゃないわ」
いつか彩香が言っていた「バックアップ」という単語を思い出し、凛が言葉を紡ぐ。
「ま、まぁ、そうだけど……」
「今は彩香さんの事を考えるより、他に優先すべきことがあるでしょ、士郎」
「あ、ああ……そうだな。彩香には帰ったら話を聞くよ」
 ぐったりとしたセイバーを抱き寄せ、士郎は窓の外を見遣る。いつの間に脱出したのか、ガラス越しの景色は森ではなく満天の星空に変わっていた。
 気が抜けたと目を閉じる三人。
 だから気付くはずもなかった。ギルガメッシュの口元が笑みの形に歪んでいたことに。



 乾いた大地に無数の剣が突き刺さっている。
 赤さが支配する世界で自ら赤を纏い、生命の証を地面に吸わせながらただひたすらに剣を振るう。
「なんなの、アイツ!」
 訳が分からないと少女は叫んだ。
「やっちゃえ、バーサーカー!」
 既に命は何度か潰されているにも関わらず、繰り出される攻撃の威力は衰えない。
 内心で舌打ちをしながら、アーチャーは限界を訴える体を無理矢理動かした。
「今よ!」
 勝利を確信した声を上げる少女と、赤い英霊の舌打ちが音となったのは同時。
 そして――。
「はいはい、兄妹げんかはそこまでねー」
 場にそぐわない軽い声が降ってきたのも同時だった。
「な、なに!?」
 片膝を付くアーチャーの前に降り立つ女。
「初めまして、かな? イリヤちゃん。士カから話は聞いてるよ」
 ニコニコと微笑む女に警戒を覚えてか、バーサーカーとイリヤの動きが止まる。
「――何をしている、彩香」
 荒い息をつくアーチャーに視線だけ寄越して。
「何って、迎えに来たに決まってるでしょ? 帰るわよアーチャー、それにイリヤ」
 言い切って、女は笑った。

「彩香って……お兄ちゃんのお姉ちゃん?」
 敵意を剥き出しにしてくるイリヤちゃんに笑みを向け、私は「貴女のお姉ちゃんでもあるからね」と念を押す。
 彼女の存在は切嗣から聞いていた。妹であり、造られた存在であり、聖杯。
「そ、そんなことより! なんで固有結界の中に一般人がいるわけ!?」
「いや、一応一般人じゃなくてマスターなんだけど……細かいことはいっか。来たいと思ったからここにいる、それだけだよ」
「説明になってない!」
 次第に闘志を取り戻していくイリヤちゃん。赤い世界でなびく白さはどこか異質で目を引く。
「下がっていろ彩香。あれはお前の手に負えるものではな……ッ!?」
 アーチャーさんが最後まで言い切る前に、綺麗に出ているおでこを叩いた。乾いた世界に相応しい乾いた音。
「ぼろぼろの状態で何言ってるの。無茶したって全然格好良くなんてないよアーチャーさん」
「私には君の存在の方が無茶に見えるがね」
 鈍い音を立てて回る歯車と、血みどろなサーヴァントが二人。
「イリヤちゃん、家に帰ろ」
 巨体の後で控える存在に片手を差し出せば、一瞬赤い瞳が揺れた。
「知らない、知らない。貴女なんか知らないんだから! マスターだっていうなら倒すだけよ!」
 バーサーカー、と少女が号令を掛ける。
「自分のサーヴァントは大切にしなきゃ駄目よ? イリヤスフィール。バーサーカーだって、12回死んじゃったら消えちゃうんだから」
 巨体に似つかわしい斧を振りかざし、一撃でこちらを葬り去ろうと殺意をみなぎらせる。
 いや、これはバーサーカーのではなく、イリヤスフィールの殺意だ。
「貴女みたいな異分子はいちゃいけないの!」
 存在するはずのない八組目を倒せとイリヤが告げる。
「彩香!」
「アーチャーさん、下がって」
 腕を動かす風圧だけで髪が乱れる。
 こちらを見据えてくる巨体から視線を外さずに、私は傍にあった剣を引き抜いた。
「下がれ!!」
「バーサーカーは最強なんだから!! 勝てるハズないんだから!」
 弟と妹の声が同時に上がる。
 私の名を呼んだのは果たしてどちらだったか。
 名も分からぬ剣を両手で構えて。
「人が劣ると、誰が決めたの」
 音を紡いで、一歩を踏み出した。
 勝敗は一瞬。鋼鉄の皮膚に刺さった剣は綺麗に体を貫通し、刹那バーサーカーの動きを止めた。
「え?」
 命は残っている。
「な、なんで?」
 数多の命を抱え、守る為に立ちふさがっても。
「イリヤちゃんは……妹は私が守るから」
 だから貴方は、ゆっくり眠るといい。
 振り下ろされ大地を裂いていた腕を足場に、私はアーチャーさんの傍に飛び降りた。
「バーサーカー、動かない」
「うん。動かないね」
「……死んじゃったの」
「疲れた時は眠りも必要でしょ」
「そっか……」
 アーチャーさんの固有結界が解ける。
 廃墟と化した城内で、バーサーカーと呼ばれた巨人は静かに命を散らした。
「ッ!?」
 消え去る前に黒い渦がバーサーカーに巻き付く。
「なに!?」
 咄嗟に駆け寄り、バーサーカーの背後に居たイリヤちゃんの腕を思いっきり引っ張って、私は背後にいるアーチャーさんへと投げつけた。
「きゃあ!」
 小さな体をアーチャーさんが抱き留めたのを確認し、眉を顰める。
「――やっぱりこうなるわよね」
 渦に近寄ったせいで、左足が捕らえられた。
「彩香!」
「下がって! アーチャーさんが捕まると厄介な事になる!」
 足下から生き物のように這い上がってくるのは気持ち悪い。生命を吸い尽くそうと、取り込もうと蠢く黒さに吐き気を覚えた。
「彩香!!!」
 それでも駆け寄ってこようと手を伸ばすアーチャーさんを片手で制し。
「お姉ちゃんを信じなさい」
 泣きそうに歪む顔に笑いかけ、黒い渦に飲まれた。

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