Fate (SN/HA)

□たまにはデートでも
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「説明してくれますよね? 彩香さん」
 完璧な笑みを持って迫ってくるのは、ミスパーフェクト遠坂凛。学校での一悶着の後、ライダーのマスターとなって桜ちゃんは戻ってきた。かなり具合が悪そうなのが気になるけれど、私が口を出していい事ではない。
「説明って、何を?」
 コーヒーを啜りながら問い返せば、綺麗な笑みが更に深くなる。
「学校での、ことですよ」
「凛ちゃんの気になるようなことしたかしら?」
 空々しい私達の会話に、士郎は明後日の方向を向き、桜ちゃんはライダーさんの陰にかくれてガタガタと身を震わせていた。
「結果よければ全て良しでしょ」
「そういう訳にはいきません! 彩香さん、貴女魔術師なんですか!?」
 以前も同じような事を問われた記憶がある。そのときにちゃんと答えを言ったハズだが……。凛ちゃんは忘れてしまったのだろうか。
「たぶんそうなんじゃない? って前に言ったわよね?」
「たぶん、じゃ済まされません! なんですか、あ、あ、あの、物理法則無視した攻撃!」
 反則だと喚くミスパーフェクト。
「それに関してもちゃんと言ったわよね? 弓というのは射貫く為に射るものだって」
「普通は壁とかに当たったら止まるものです!」
「止まらない弓矢があったっていいじゃないの」
「よくありません! 彩香さん、貴女自分が何してるか分かってるんですか!?」
「標的を射貫いただけだけど」
「それが問題だって言ってるんです!」
 永遠に平行線の会話は終わりが見えない。どうしよう、疲れてきた、面倒くさい。
 面倒事は嫌いだ。激昂している凛ちゃんに掛けるべき言葉も見つからないし……。困った色を浮かべて士郎を見れば、こちらに話題を振るなと両手を顔の前で大きく交差した。
「アーチャーさんだって出来るから問題ないでしょ」
「ッ! 貴女が出来るというのが問題なんです!」
「ぇー」
「えー、じゃありません! 説明してください!」
 出来るから出来る、とそれではいけないのだろうか。
「説明しろって言われても、昔から出来るからとしか言いようが……」
「は? 昔からって……どういうことですか」
「士郎が的を外さないように、私も外さないってこと。私の場合は距離があったり、障害があったりしても、ね。それが魔術だっていうなら、そうなんじゃないかな」
「またあやふやな……」
 私の回答にがっくりと肩を落とす凛ちゃん。逃げるなら彼女がダメージを受けている今がチャンスだ。そっと席を立てば、タイミング良く視界に入る金色。
「ギル様−!」
 私の言葉に去ろうとしていた存在が振り返る。
「なんだ彩香。我に用か」
 外出しようとしていたのか、ライダースーツに身を包んでいるギル様が私の方に向かって歩いてくる。スラリとした長身に黒い衣装が良く映え、思わず見惚れてしまった。
「ちょっと彩香さん!」
 立ち上がった私に気付き、凛ちゃんが追求を再開しようと口を開くから。
「ギル様、デート行こう!」
「!!」
 私の発した台詞に居間に居た人々が凍り付き、ギル様は「よかろう」と口端を僅かに上げた。
「雑種共、せいぜい悔しがるが良い! フハハハ!」
「というわけで、またねー」
 後手に手を振って、突如決まったデートを遂行することにした。



「ギル様どこか行きたい場所ある?」
 特に目当てもなくぼんやり歩いていたら、大橋のところまで来てしまった。新都へ行って買い物でもするか、それとも公園でのんびりするか。そういえば普段ギル様は何をしているのだろう?
「我に伺いを立てるとは」
「あー、いや別に私が決めてもいいんだけどさ。行きたい場所があるなら折角だし、って……ギル様?」
 こちらを見たまま行動を起こさないギル様を不思議に思い首を傾げる。
「いや――」
 珍しく口ごもる姿に私は背を正し次の単語を待った。
「彩香よ」
「はい?」
 そっと伸ばされた手が頬に触れる。外気で冷えた頬を撫でるように辿る手はひどく優しい。傍若無人を地でいくギルガメッシュを優しいと表現すると、士郎も凛ちゃんも、アーチャーさんですら微妙な顔をするけれど。
「どうしたの?」
 赤い目を僅かに細め見つめてくる眼差しも、やはり優しいと思う。どうして、ギル様は私に優しくしてくれるんだろう。マスターという事を差し引いても殺されてもおかしくない事をしたのに。
 何故この王様は、許してくれたんだろう?
「ギル様?」
 手を添えたまま口を開こうとしない存在に、少しだけ不安を覚えた。魔力の供給は上手くいっているし、現界に関することで問題はないが……もしかしたら、ギル様は今の状態に不満があるのかもしれない。
 サーヴァントは己の願いを叶える為に契約をする。それは前回の聖杯戦争から存在しているギルガメッシュにも当て嵌ることで。マスターである私が聖杯を入手する気がないのを、快く思っていないのではないか。
 だが、そうすると今浮かべている表情と辻褄が合わない気がする。
「彩香、我の事を呼んでみよ」
「え……?」
 片方だけではなく、両頬に手を添えてギル様は私の言葉を待つ。何かを期待しているような、迷っているような、微妙な表情を浮かべて。
 わざわざ「呼べ」と言ったのだ。きっと普段使っていない呼び方をしろということなのだろう。
 伝わる温もりにこそばゆい気持ちになりつつも、今一番相応しいと思われる呼称を口にする。
「らしくないよ……王様」
 私の発した音にギル様は細めていた目を見開いて、また柔らかに微笑んだ。
「ギ……」
 紡ごうと思った音は言葉にならず消える。
 視界に映るのは伏せられた瞳と、さらさらの金糸。
 ゆっくりと私の言葉を奪った存在と距離が空くのを視認して、キスをされていたのだと理解した。
「ギル、さま?」
 鼻先がくっつきそうな距離で、伏せられていた瞳が輝きを取り戻す。
 間近で見る赤さは、今まで見たどんなものよりも美しく、妖しい色香を放っていた。
「彩香、お前は我の物だ」
 独占欲の塊な発言にどう切り返そうか。
 伸ばされたままの腕にそっと手を触れ、キスの間ですら開けていた目を伏せ、言う。
「ギル様が、私のモノなんだよ」
 今は。
 心の中で付け加えればクツクツと咽を震わす音がした。
「我をモノ扱いしたのは、お前が初めてだぞ彩香」
「なら私は殺されるのかしら」
「そうだな……」
 見通しの良い場所にいるせいで、少しばかり風が強い。
 人気が無いのが幸いだと、今更ながらに思った。
 こつりと互いの額をあわせ「殺しはしない」とギル様はどこか楽し気に言う。
「王様は寛大だから?」
「お前には価値がある」
「随分高く買ってもらえてるのね」
「フッ、謙遜するでないぞ彩香」
 至近距離で覗く赤色は吸い込まれてしまいそうな魅力を持っている。ああ、もう本当、整った顔って凶器だ。
「ねぇ、ギルさ……」
「少し黙れ」
 再び降ってきた甘さに目を閉じる。
 少しだけ冷たい唇とは裏腹に、緩やかに浸食してくる熱に脳髄が焼き切れそうな気持ちになった。
 もしもこれが夢ならば、醒めないでいてほしいと。そう願いながら、与えられる温もりを享受した。


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