Fate (SN/HA)

□たとえばこんな昼下がり
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「眠いなぁ」
 ギル様に魔力を供給しているせいかどうかは分からないけど、とにかく眠い。寝ても寝ても寝たりないとは良くいったものだ。
 こらえるのを諦めた欠伸を連発しながら、私は温もりの残る布団の上でぼーっとしていた。サイドテーブルの時計を見れば時刻は七時過ぎと指している。士郎が朝食の時間だと告げに来る頃だろうか。
「駄目だ、眠い。面倒くさい」
 今日はバイトもお休みだし、一日のんびり過ごしてしまおう。
 決めてしまえば後は早い。自室の扉を少しだけ開けて、廊下に「起こすな危険」の札をおいて再度眠りについた。

「ちょっとだけすっきり」
 未だ残る睡魔を振り払い、自室のカーテンを開ける。
 陽は既に高く、お昼前だと伺いしれた。
「流石にこれ以上寝るのもね」
 札の御陰か安眠を妨げる音すらせず、久方ぶりにゆっくり寝られたような気がする。聖杯戦争が始まってからというものの、なんだかんだで夜遅く朝慌ただしくという日々が続いていたのだ。少しくらいは以前の暮らしを取り戻してもいいだろう。
 代わり映えのない平和な日常。失って初めて分かる大切さに苦笑が漏れた。
「おはようございます」
 誰も居ない居間に向かって声をかける。
 一人分のお昼ご飯を作ろうと台所へ向かえば、士郎の残した書き置きと綺麗にラップされた朝食がおいてあった。
「流石主夫の鏡だわ……士郎」
 少し手を加えればすぐ昼食になりそうなレパートリー。いっそマスターよりもコックになってしまえばいいのに。ああ、でも士郎がコックになったら、アーチャーさんは「コックの英霊」という肩書きが付くんだろうか?
 馬鹿馬鹿しい事を考えながら、屋根上にいるであろうもう一人の弟を呼ぶ。
「何かね、彩香」
「お昼ご飯一緒に食べましょ」
 一人では味気ないから。と続ければ、仕方ないと肩を竦めてアーチャーさんはテキパキと準備に取りかかった。
 こうしてみると手際も何もかもよく似ているものだ。同一人物だから当たり前といえばそうなのだが、一緒に暮らしている凛ちゃんが気付かないのが不思議なくらい。
「最近は変わったことないの?」
「変わったこととは」
「士郎や凛ちゃんにとって、よ。アーチャーのサーヴァントさん」
 鮮度を保ったままのレタスを粗食し、対面に座る人物に問いかける。
「今はまだ協定を結んでいるのだから、情報共有してもかまわないのでしょう?」
「腐ってもマスターということか」
「そういうことね」
 取り分けられてあった朝食のパンは、アーチャーさんの手によってフレンチトーストという素敵な代物に変化していた。流石未来の士郎。美味しすぎる。
「あれらの学校に異変が起きているようだが」
 知ったことではない、とアーチャーさんは言外に告げた。
「学校、ね。あの二人で何とかなるなりそうなら、私はのんびりさせてもらおっと」
 確認するよう言葉を紡いで歯触りのよいパンを口に含む。
「君は、衛宮士郎をバックアップするのではないか?」
「バックアップはするけど、もう駄目って時にしないと士郎にも失礼になるでしょ? これは私の、じゃなくてあの子達の戦いなのだから」
 令呪はあるけど私とギル様は蚊帳の外だ。存在しないハズのマスターとサーヴァントなんて、聖杯だってカウントしてないだろう。
「彩香、私はどうやら君を見くびっていたようだ」
 ニヤリと笑うアーチャーさんに微笑み返し、「見直した?」と姉の顔で告げれば素直に肯定する。
「そういえば彩香。私も一つ聞きたい事がある」
「私で分かることなら」
 フレンチトーストの最後のひとかけらを口に入れて、アーチャーさんに視線を合わせる。
 面と向かってみるとやはり格好良い。聖杯戦争に関わってから眼福すぎるなぁ。
「お前のサーヴァントは何をしているんだ?」
「私のって、ギル様? さぁ、何してるんだろ……?」
「パスを辿って分からないのかね」
「んー、別に束縛する気もないからいっかなぁ……って」
「彩香、我を差し置いて昼食とはどういう了見か!」
 噂をすればなんとやら。金のサーヴァントが廊下で踏ん反り返っていた。しかも大きい方。
「アーチャーさん気付かなかったの?」
 心からの問いに、気付いていたが気付きたくなかった、と赤い英霊は顔を顰める。
「ギル様もお昼ご飯食べる?」
 食後のコーヒーを口にする私に、金の王様は「献上を許す」と口癖を言ったのであった。

「のんびりだねぇ」
 食事が終わるとすぐにアーチャーさんは霊体化して眼前から消えてしまった。おそらく定位置である屋根の上へと戻ったのであろう。
 何気なく付けたテレビはつまらなかったが、隣に座るギル様がこれまたなんとなく見ているので付けっぱなしにしておいた。
「良い天気」
 居間を後にし、縁側に腰を下ろして青い空を見上げる。
 ゆっくりと流れる雲。頬を撫でる冷たい風。
 こうして自然に囲まれてのんびりしていると、今が戦争中だということを忘れてしまいそうだ。そういえば聖杯戦争が終わったらサーヴァント達はどうするのだろう。最後の一組以外は存在しないものと仮定して、勝者のサーヴァントは願いを叶えた後どうするのか。座とやらに戻るのだろうか? それともギル様みたく現界したまま日常を消費するのだろうか。
 当然在るべき疑問を失念していたことに微かな驚きを覚えながら、降り注ぐ太陽を全身で感じる。
「んー……」
 風の冷たさよりも、身を温める陽光の方が全身を支配する。これぞ日向ぼっこ日和というやつか。
「彩香よ腑抜けた顔を晒すものではないぞ」
 閉じていた目を開ければ、私を見下ろす赤い瞳と視線が交わる。
「ギル様も日向ぼっこする? 気持ちいいよ」
 私の誘いを鼻で笑いながらも、ギルガメッシュは私の隣に腰を落ち着けた。
 なんだ、やっぱりギル様も満更じゃないんじゃないか。
「このような怠惰がお前の望みか」
「慢心せずしてーってのたまわってるギル様も同じだと思うけどな」
 一瞬バビロンの餌食になるかも? と危惧してみたけど、私の予想とは裏腹にギル様はクツクツと咽の奥を鳴らすだけだった。
「我にそのような態度をとるのはお前くらいなものよ」
「いやいや、意外と皆とってるから。ギル様が聞いてるかどうかの違いだけじゃないかな」
 マスターとサーヴァント。その関係にあるから私は餌食にならなくて済むのだろうか? 一瞬考えてみたが、よくよく思い出せば、前回の聖杯戦争時にギルガメッシュというサーヴァントはマスターを裏切っているわけだから、私の予想が正しいものとはいえない。
 それにしても――。
「眠いなぁ」
 目を閉じれば陽気に誘われる。
 あれだけ寝たのに未だ眠い。これは一足早い春眠というやつだろうか?
「なんだ彩香眠いのか」
「うん、すごく眠い」
 人気のない屋敷内では気を張ることもないし、なにより最大はこの陽気だ。強すぎず弱すぎず、暖まるのに最高の日差し。この強敵の前で眠くならない方がおかしい。
「人とは脆弱なものだな」
 馬鹿にしたような声が隣から聞こえてくる。
 眠いものは眠いのだ。しょうがないだろう。心の中で紡いだ声が聞こえたのか、ギル様お得意の鼻で笑う音が耳に届いた。
「ん!?」
 突如かかる重力。
 反撃する前に頭に当たる感触。
 驚きに目を開けば、先程まで見ていた景色が一変していた。
「ぎ、ギル様?」
「眠いのだろう」
「え? うん……そうだけど」
 この体勢はどうだろう。
 俗に言う膝枕というやつに、自然と頬が赤くなる。
 こういうものは普通女性が男性にするものなのではないのか。後頭部に当たる感触は、決して気持ちいいとは言い難い。でも、それでも。
「存分に眠るがいい」
 視界に映る金の存在。高圧的な声も視線も、何もかもが柔らかに溶けている上に、私の髪を梳く温もり。これを絶好の昼寝体勢といわずになんといおうか。
「――ギル様優しいねぇ」
 再び目を閉じ始める私を鼻で笑って「当然だ」と金の王は言葉を紡ぐ。
「じゃ、お言葉に甘えて……おやすみなさい」
 徐々に狭まる視界の中で、あまり見る機会のない優しい色を見た気がした。



「ねぇ、衛宮君」
「……なんだ、遠坂」
 帰宅した士郎達を待ち構えていたのは、まさに視界の暴力。
「アンタの姉さん、なに、やってんのよ……」
 いつかと同じ言葉を発して凛が目を細める。
「何も言わないでくれ、遠坂」
 がっくりと肩を落とす士郎をねぎらうように置かれる凛の手。今まさに二人の気持ちは一つになっていた。
 縁側で気持ち良さそうに眠る彩香。勿論ギルガメッシュ付きという非常にいただけない光景だ。いつからそうしていたのか知らないが、彩香に膝を貸しているギルガメッシュも瞼を閉じ、赤い鮮烈な色を隠している。
「アーチャーといい、ランサーといい、ギルガメッシュといい……アンタの姉さんはサーヴァントホイホイなわけ?」
「――返す言葉もございません」
 慢心王とその主。存在しないハズの第八組目のペアは、共に惰眠を貪っている。本当に今は聖杯戦争期間中なんだろうか? あの金色は人外の存在なんだろうか? 脳裏を駆け巡る多数の問題に頭を抱え、穏やかに眠っている存在を起こす為に士郎は足を向ける。
「おーい、そこの金ぴかと彩香。そろそろ寒くなってくるから部屋に戻れよ」
 かけられた声に不機嫌そうな赤色と幸せそうな笑顔が向けられるのは数秒後。


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