Fate (SN/HA)

□教会へ
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 射貫くような視線を向けてくる士郎をなんとか言いくるめ、ランサーさんと新都へあるという教会へと向かう。歩いている最中妙な寒気を感じたけど、あれはアーチャーさんの視線だろうか。私の歩みが乱れるのと、隣のランサーさんの表情が歪むのがほぼ同時で、妙に可笑しい気分になった。
「なぁ彩香。言峰の野郎にあってどうするつもりだよ」
 ランサーさんの言葉に首を傾げて「ご挨拶ですけど」と本題を告げれば、「本気だったのか」と失礼な言葉が返ってきた。
「嘘は言いませんよ。嫌な気分にしかなりませんからね。言峰さんという方がどのような人なのか分かりませんけど、ちゃんと話して通じなければ力尽くで関係破棄をすればいいだけのことです」
「……嬢ちゃん結構激しいのな」
 そういうの好きだぜ。とランサーさんはウィンクしながら言葉を紡ぐ。男前は何をやっても格好良く映るからタチが悪い。
「返せって言われたら、どーすんだ」
「令呪を、ですか?」
 隣で頷くランサーさんの言葉に、実際言われた想定して思考を進めてみる。
 今ギルガメッシュという存在を手放す訳にはいかないし……かといって、ランサーさんの契約をもらうわけにもいかないし。詰まるところ、現状維持以外の状況を示唆されたら断るしかないのだ。
「盗んだ物は私の物です、と突っぱねるしか……」
「そういうこと、アイツに良く似てるわ」
 マスターとサーヴァンとはどこか似通った部分があるというが、個人的にはギル様と共通部分をあまりもちたくない。
 苦い表情を浮かべる私の頭に軽い衝撃。それがランサーさんの手だと理解するのに時間はいらなかった。ぽんぽんとあやすように連続して伝わる振動。
「まぁ、頑張れや」
「はい」
 英雄と称された男の後押しを受け、足取り軽く教会への道を急いだ。



「へー、ここが」
 見たことがあるようなないような。どこか威圧感を伝えてくる建物を前に、気合いを入れ直す。
「言峰さんはご在宅なんでしょうか?」
 隣にいるランサーさんに問えば首を縦に振られる。
 存在するのを確認し、私は軋みを上げる扉を押し開けた。
「綺麗ですねぇ」
 柔らかに差し込む光は神聖味を帯びていて、ここが聖なる場所だと錯覚させるに十分な効果を持っていた。実際、普通一般の人からしたら祈りを捧げる聖なる場なのだろう。
「これはこれは、珍しいお客さんだ」
 静寂を侵して聞こえた声に顔を動かす。隣に立っていたランサーさんが、いつのまにか私と相手の人の間に立っていた。
「ほう、お前の客か?」
「いーや。アンタにだ」
 光の無い黒い瞳は神父というには濁りすぎていて、本当に神職者かと疑いたくなる。
「初めまして、衛宮彩香と申します」
「ほう……衛宮、か」
 クツクツと咽の奥をならす存在は、悪役と称するに相応しい。
「貴方が言峰神父で間違いありませんか?」
「いかにも、私が言峰だが。何用かねお嬢さん。祈りに来たのでないならば、早々に立ち去るがいい」
 脇役に出番は必要ないと黒い瞳が語る。
「今日は言峰さんにご挨拶に伺いました」
 消していた令呪を浮かび上がらせれば、言峰さんの能面のような顔がぴくりと動く。
「その節は申し訳ありません。改めてお願いします、聖杯戦争が終わるまで、私にギルガメッシュを貸していただけませんでしょうか」
 即答せず、何かを考える素振りすら見せず。言峰さんは淡々と私を見つめ続ける。
「ならばこちらも問おう。汝の願いを受理したとして、私のメリットは何かね」
 ニヤリと口角を上げて、人を見下しながら神父が言う。
 メリットなんてあるわけ無い。言峰さんにとってサーヴァントを失うことは単なるマイナス要因だ。それに……この神父さんは、人の幸せを願うタイプにも見えない。
「メリット、ですか……。そう言われると困ってしまいますね」
「損しかない駆け引きが通じると思っているのかな、お嬢さん。手札を見せるのが少し早すぎたようだな」
 ポキリ、と骨を鳴らす音が耳に届く。
 それと同時にランサーさんが戦闘態勢に入るのも。一瞬即発だが、どこか具合の悪そうな雰囲気を漂わすランサーさんから推測するに、言峰さんが彼のマスターなのだろう。
「ランサーさん」
 力の入った背中に軽く手を当てれば、途端に霧散する殺気。
 バツの悪そうな表情で見下ろしてくる存在に笑顔を向けて、私は眼前の神父に向き直った。
「正直貴方にとって何がメリットとなるのか理解出来ません。だからもっと即物的な手段をとらせてもらう事にしました」
 ビシっと人差し指を立てる私を怪訝そうに見るランサーさん。
 考えても堂々巡りになる場合は、いっその事全然違うベクトルで攻めるべし。
「毎日一回、泰山の麻婆豆腐大盛りで」
「いいだろう、衛宮彩香。ギルガメッシュの貸し出しを許可しよう」
「ちょっとまったー! 流石に早すぎんだろ! 即答してんなよ!」
 声を荒げるランサーさんを鼻で笑い飛ばす言峰さん。ギル様の麻婆嫌いから想像してみたが、どうやら私は正解を引き当てたようだ。
「まぁまぁ、ランサーさん。そう怒らないで」
「これが怒らずにいられっか! 俺は反対だ、断固反対だ!」
 あんな物食ってられるか。たしかに聞こえた呟きに、私はランサーさんの揺れる髪を引っ張った。
「――アンタの敵にはなりたくないと思ってたがな」
「ランサーさん、私は毎日一回、と言っただけで、時間指定なんてしてませんよ?」
「ん?」
 だからランサーさんが外出しているときに配達すればいい。幸いな事にアルバイト三昧な英霊様は外出頻度が多いのだから。
 私の説明に軽く目を見開いて、先ほどまでの殺気が一転「嬢ちゃんスゲェな!」と青いサーヴァントは笑い声を上げた。
「ああ、そうだ。言峰さん、後一つお願いがあるんですけど……」
「なんだね衛宮彩香」
 殺伐とした空気が緩和したのを見計らって、庭の方へと視線を移す。
「あそこにあるの、消去させてもらってもいいですか? 供給はちゃんとするんで」
 私の台詞に言峰さんがあからさまに纏う空気を変える。
「何を知っている? 衛宮よ」
「知っているというか、んー……なんて言えばいいのかな。繋がってるから、分かるっていって、伝わります?」
 ギル様に私以外から魔力供給されているのは知っている。むしろその元を知る為に必要最低限の魔力しか送っていないのだから。
「嫌なんですよね、混ざるの」
 彼等を可哀想だとは思う。だが、自分の魔力と他人のソレが混ざるのはどうにもいただけない。気にしなければいいのだが、やはりこう……些細な独占欲というのも存在するのだ。
「アレの了承はとっているのかね」
「いえ、とるつもりもありませんし、必要ないですから」
 私たちの会話が分からないとランサーさんが首を傾げる。動きに合わせて銀のピアスが光を屈折させた。
「サーヴァントを独占したいと思うマスターの可愛い願いです」
「ほー。嬢ちゃんがねぇ」
「ふむ……まぁいいだろう」
 渋々肯定する言峰さんの目は「破局しろ」と人の不幸を望む強さがあった。
 性根の悪い神父もいたものだ。目を閉じることで苦笑をやりすごし、棺の物達へ意識を切り替える。死にそうだが、死んでいない。搾取されているが生きている。
「悪趣味だこと」
 誰に向けるまでもなく呟いて、何かを覆うように片手を動かした。

 始めに気付いたのはギル様だった。
 今までどこにいたのかと思案していたのに、突然浴びせられる怒声。しかも大人の姿ときたものだ。まさしくその場に沸いて出たギル様に、ランサーさんが驚く気配が伝わってきた。
「彩香よ、貴様何をした」
「何をって退場願っただけだけど」
 それがなにか? 怒りを顕わにするギル様から視線を外せば、面白そうにこちらを見ている言峰神父に気付く。
「愚行を……己がしたことの意味が分かっているのか」
「ギル様こそ、何をそんなに慌てているわけ? 理由を言ってくれないと対処出来ないわ」
 空々しい言葉の応酬に、何故かランサーさんが両手で腕を組み自身の腕をさすっていた。サーヴァンとは外気に左右されないと聞いていたが、ランサーさんは違うのだろうか。
「彩香よ、我をなんだと思っている」
「サーヴァントでしょ、今は私の」
「ならば我の言いたいことが理解出来ぬハズあるまい」
 歯ぎしりすら聞こえてきそうな状況でも、端正な顔は見ていると和むというものだ。怒りに染まっていても、造作だけは完璧なギルガメッシュという存在。
「私としては、最古の英雄王様があんなものの力を借りているというのが腹立たしいのだけど」
 だから――。口の中だけで呟いて、空になりつつある器を満たすべく力を注ぎ込む。
「む」
「常時8割くらいあればいいんでしょ? 食べ過ぎも体に毒だし、何事もほどほどにってね」
 ギル様の活動源である魔力が自分の物だけで満たされた事に満足する私とは裏腹に、言峰さんはつまらないと不機嫌さを全面に押し出していた。
「なぁ嬢ちゃん」
「なに? ランサーさん」
 少しだけ魔力を解放した私の髪を一房とって、こともあろうに口付けを落とす青い英霊。
「ちょ、っと」
「良いにおいがするな」
 頬が一気に熱を持つのが分かる。テレビで見るのと実際にやられるのとでは破壊力が違いすぎる光景に、脳は沸騰寸前だ。むしろ沸いてしまった後かもしれない。
 心臓に悪いと一言で括るには多すぎる感情が脳内を駆け巡る。
「あ、ちょ……ひえ!?」
 口ごもる私を突如襲う重力。反射的に閉じた目を開けば、憮然とした表情のランサーさんと己に回された腕が視界に入った。
「ぎ、ギル様?」
「駄犬如きが我の物に手を出すとは片腹痛い」
「あの世で喚け」ゲートを開こうとしているのか、ギル様の背後がぐにゃりと歪む。
「ギル様」
 そんな彼の行動を遮るべく添えられた腕の中で体を反転させ、ギル様の腰に両手を回した。
「む、彩香?」
 目の前にある胸にそっと頬を寄せる。俗に言う抱きしめている状態に、背後の人物が固まる気配が伝わってきた。
「大きいギル様久しぶりだなーって」
 回した手に少しだけ力を込めれば、頭上から満足そうな、愉快そうな笑いが落ちてくる。
「フハハ、我は寛大だからな」
「うんうん」
「彩香よ、気が済むまでそうしているがいい」
 満更でもないのか抱きしめ返してくるギル様の好意に甘えて、ぴったりと体を付けてみた。服越でもはっきりと分かる鍛えられた体。彫刻美といっても支障ないほど見た目だけはいいのだ、この存在は。
「ギル様ふとっぱらー」
 顔を胸板に押しつければ、規則正しい鼓動が聞こえてくる。
 バカップルよろしくの距離でくっついている私たちを、言峰さんは不機嫌そうに見つめ、つまらぬ。と唇の動きだけで伝えて去った。
 硬直状態の長かったランサーさんもいつの間にか消えていて、静寂のみが支配する聖堂で私はイケメンゲージを全力で補充させてもらったのであった。


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