Fate (SN/HA)

□敏腕アルバイター
1ページ/1ページ


「じゃあ士郎。私はバイト行ってくるから、今日はちゃんと休んで、明日からまた学校行くんだよ?」
「ああ、気をつけて」
「気をつけて行ってきてください、お姉さん」
 士郎の隣でニコニコと微笑む小さいギル様に手を振って、私は衛宮家を後にした。きっとこれから士郎が死ぬ気で藤ねぇを説得するに違いない。こういうときバイトといえども職持ちは有利だ。
見えずとも存在する令呪を太陽に翳せば、仄かな温かみを感じたような気がした。
「さーって今日も一日頑張りますか−」
 今日はお得意様の誕生日会で夕方から店は貸し切りだ。
 昨日のうちに仕込みを終えていた材料を脳裏に描いて、これから用意するべきものをリストアップしていく。
「まずはやっぱ生クリームと……、ああ鳥の下準備もしないとなぁ」
 お客さんがマスターの友人ということもあって、今日は予定金額以上に豪勢な料理が並ぶ予定だ。お店自体は喫茶店なので、美味しい紅茶も振る舞われることだろう。
 私としてはコーヒー派だが、紅茶も嫌いじゃない。むしろ以前は紅茶の方を好んで嗜んでいたような気がする。
 自分のことといえども、あやふやなものだ。
 皮肉な笑みを口端に浮かべ、仕事場への道を急いだ。

「おはようございますー」
「おはよう彩香ちゃん。今日は悪いが頑張ってくれよ」
「もとよりそのつもりです!」
 頼もしいねぇ、と笑うマスターの後に見慣れぬ色を見つけ視線を移した。
「あれ、マスターあの人……」
「ああ、彼は今日から新しく入ったランサー君だ」
「ランサー君、ですか?」
 どこかで聞いたような珍しい……というか、面白い名前だ。
 シャツ越でも均整のとれた体つきをしていることがわかる。あれはどうみても一般人の体型ではない。例えるなら、オリンピック選手。
 青い髪を後に流して、先輩に当たる人物から説明を受けている横顔は整っていて、面食いの私としては御馳走様という気分だった。
 ただ、おそらく――。
「ランサー、今日は彩香の指示に従ってくれ」
 マスターの声にランサーと呼ばれた青年が振り向く。ギルガメッシュとよく似た赤い瞳が綺麗だと思った。
「初めまして、衛宮彩香です。えっと、ランサーさん、でしたっけ? 入ったばかりでアレですが、今日はよろしくお願いしますね」
 微笑を浮かべて右手を差し出せば、第一印象を裏切らない快活さで「よろしくな」とランサーさんが言葉を紡ぐ。
 おお、声色まで男前だ。
「あー……」
 握手の際に触れた指先に、一瞬静電気のような痛みが走る。やはりかと思いつつも、ランサーさんが面白そうな色を瞳に浮かべていたので、これはこれでいいかと思い直した。
「アンタ、マスターか?」
「そういうランサーさんは、サーヴァントですよね?」
 腹の探り合いなどない直球勝負。
「やっぱり分かるよな」
「分かっちゃいますねー」
 分かってしまうものは仕方ない。それにいつまでも立ち話をしていられるほど時間の猶予がないのもたしか。
「とりあえず、準備に取りかかりましょうか。あ、ランサーさん、そこの上からヘラとってもらえます?」
 敵同士という事実をあっさり流した私に、ランサーさんは軽く目を見開いた後嬉しそうに微笑んだ。これはまずい、あまりの男前度に惚れてしまいそうだ。
「やっぱアンタ面白ぇな」
「アンタじゃなくて彩香です。彩香。自分の名前気に入ってるんで、ちゃんと発音してくれると嬉しいな」
 ランサーさんから道具を受け取って、特注ホールケーキの準備に入る。
「彩香、か」
 囁くように紡がれた音に、心臓がはねた。やはり男前は心臓に悪すぎる。不規則になる心音を落ち着かせる為に深呼吸をして、今日最大の敵に挑むべく行動を開始した。



「いやー、今日は皆お疲れ様!」
 パーティーも無事に終わり、片付けが一段落した頃には既に深夜と呼ばれる時刻だった。
「彩香ちゃんも悪いね、家遠いのに」
「いえいえ、夜の町歩くのも好きですから気にしないでください! それにマスターの淹れるお茶 すっごい美味しかったです。これだけでも残ったかいがありますよー」
 余り物で作った夜食とケーキ。それに絶品の紅茶。
 美味しい物を食べて、心が満足している状態では疲労など些細なものだ。
「そういってもらえると助かるよ、本当に今日はお疲れ様」
「はい、お疲れ様でした」
 再度挨拶を交わし、職場を後にする。
 冬の夜は嫌いじゃない、これは本当だ。肺を満たす冷たい空気は澄んでいるし、静寂に支配された世界は好ましいと思う。近頃は物騒だから控えているが、前はよく一人で夜の散歩を楽しんだものだ。
「彩香」
「ランサーさん?」
 背後からかけられた声に振り返れば、勤務中とまったく同じ笑顔を浮かべた青い存在。
「送っていってやるよ」
「え」
 思いもかけぬ申し出に、素で驚いてしまった。
「いいんですか? 最近物騒らしいですよ?」
「お前なぁ……俺が誰だか忘れたのか?」
「ああ、そっか」
 ランサーさんがサーヴァントである事実をすっかり失念していた。本気で忘れていた私に気付いてか、ランサーさんがこつりと頭を叩く。
「緊張感なさすぎとかって言われねー?」
「……良く怒られてます」
「だよなぁ」
「ちょ、人の頭撫でながら肯定しないでくださいよ、惨めな気分になるじゃないですか」
 忘れている私が悪いと、ランサーさんは手を止める気配がない。この青い存在が士郎を殺したのはたしかだろうけど、いまいち上手く結びつかない。
「やっぱりランサーさんが良かったなぁ」
「お? なんだなんだ? 告白か?」
 によによと笑うランサーさんの手をペチリと叩いて、違いますと否定する。
「いえね、ランサーさんが士郎を殺したって聞いたんで、仲間になってもらおうかなーって思ってたんですけどね」
「はぁ?」
 意味が分からないと歩みを止めるランサーさんに、昨日までの出来事を掻い摘んで伝える。私自身なんでこんなことを敵である存在に話ているのか分からなかったが、ランサーさんなら別にいいだろうという本能に従い結局最後まで話してしまった。
「嬢ちゃんも変な事考えるなぁ」
「面倒事は嫌いなんですけどね、可愛い弟のためですから」
「ふーん」
 家路への道を辿る敵同士。こんなことが凛ちゃんに知られたら、また激怒されるのだろうと心の中で嘆息しながら、横を歩く存在を見上げる。
 やはり格好良い。
 ギルガメッシュも見た目は良いが、ランサーさんはまた別の格好良さがある。
「惜しいなぁ」
「そんなに俺が好きか?」
「好きって言うか、目の保養かなぁ。私面食いなんですよ」
「やっぱ嬢ちゃん面白ぇな!」
 ケラケラと快活に笑う存在に、こちらまで楽しい気分になってくる。ああ、やはり冬の夜は良い。
「なぁ、彩香。楽しい時間をくれた礼に、一つだけアンタの願いを聞いてやろうか」
 笑いを含んだ瞳で見下ろしてくる存在は、英霊と言われるに相応しいオーラを伴っていて、思わず見惚れてしまった。
「それはまた、随分気前がいいですね」
「マスターの乗り換えとかはナシだからな」
「そんなつまらないこと頼みませんよ」
 折角願うのなら、もっと別のことがいい。
「んー……どうしようかなぁ」
 破格の待遇になかなか良い案が思いつかない。さて、本当にどうしようか?
「ランサーさんて」
「ん?」
「何がしたくて召還に応じたんですか? サーヴァントって願いをもってるから、契約を結ぶんでしょう?」
「ああ、それな」
 別に聖杯に興味はないのだとランサーさんは語った。ただ、強い奴と思いっきり戦えればいいのだと。ならば簡単、私の望みは一つだけだ。
「じゃあ、私が困った時に、一度だけ護ってください」
「ほう?」
 願えるならば、自分に関することがいい。保険はいくらあってもいいものだ。
「嬢ちゃんは誰かの為に、じゃないんだな」
「ええ、基本的に自分優先なんで」
 本音を漏らせば、ランサーさんが「面白い」と目を細めた。
「命あっての代物ですよー、人生ってのは」
「それには同意だな」
 一度死を体験している英霊はそれでも快活に笑う。
 何でこの人が敵なのだろう。いつかまたランサーさんは士郎を殺すのだろうか。
「そうだ、ランサーさん。今度うちにご飯食べに来てくださいよ」
「ん? それも願いか?」
「いえいえ、これはお誘いです。今日すっごい美味しそうに食べてたから、なんか見てたら楽しくなっちゃって。私がいうのもなんですが、士郎の料理も凄い美味しいんですよ」
「へー、彩香は作ってくんねーの?」
「私が、ですか?」
 問いかけに問いで返せば、私の作った料理が食べたいとランサーさんは言ってくれた。絶対この人女泣かせだ、ナンパ師だ。数日後に、巷でナンパをしまくるランサーさんの姿を見ることになろうとは、このとき思ってもいなかった。
「ランサーさんが来てくれるなら頑張っちゃおうかなぁ」
「おう、是非そうしてくれ」
 肯定するように力を持って頭を撫でる手。
「ちょっと、ランサーさん、髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃいますよ」
「かまわねーだろ? もう帰るだけなんだし」
「女はいつでも綺麗でいたいんですー」
 止まる気配の無い手を両手で捕まえて頭から外す。
 得物を持って、獲物を狩る手は戦士のそれで。まじまじとランサーさんの手を見つめる私に「どうした?」とからかいを含んだ声色が向けられる。
「やっぱり格好良いなーと再確認してました」
「……なぁ、彩香」
「はい、なんでしょう?」
 空いている方の手で頭を掻きながら、ランサーさんが困ったように視線を落とす。
「俺よか、彩香の方がずっと凶悪だぜ」
「ちょ、それどういう意味ですか!」
 冬の寒さからか、ほのかに赤味を持つランサーさんの頬。
 霊体がメインであるサーヴァントが、寒さをあまり感じないと聞いたのは後日のことだった。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ