Fate (SN/HA)

□dramatist
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 奇妙な威圧感を吹き出したままの地底を眺め、そっと息を詰める。ぽっかりと空いた穴の底に続く傾斜には黒い泥がへばりついており、伸ばしかけた手を背後で組んだ。
「大聖杯、ねぇ」
 汚染されつくした聖杯。繰り返し続ける四日間。誰が何の為になんて気にするだけ面倒だけれど、歪んだ日常がいつまで続くのかには少しばかり興味がある。彼と『誰か』の為の物語に、登場人物として呼ばれた私達。
 終わりなき物語の終わり。それは私の人生に似ている気がする。繰り返す四日間の代わりに、同じ毎日を沢山積み重ねてきた。意味のない日々の浪費を後悔する理由はないし、これからも続いていくであろう永遠に対しての期待も存在しない。
 ただ、願えるのなら今という時が少しでも長く続けば嬉しいと。
 賑やかな人達に囲まれて過ごす日々は何にも代え難い幸福だ。いつか来るであろう別れの時まで、与えられた幸福を噛みしめたいと願うのは、許されることでしょう?
「随分と面白場所にいるものだな、彩香」
 背後から掛けられた声に振り返れば、見知った姿が見慣れぬ服装で立っていた。
「……ギルガメッシュは随分面白い格好してるね?」
「ふははは! これこそ一点物よ!」
「はぁ、一点物ですか」
 妙な露出のある服は、失敗したら変質者に見えなくもない。仮にもこれと契約していたかと思うと……少しばかりの後悔が去来するが、ありとあらゆる残念な素質を差し引いても私がギルガメッシュに好意を抱いていることに変わりない。となるとあれか、私自身も変質者の気質があるということなのだろうか。
「ギルガメッシュはどうしてここに?」
「お前はどうなのだ」
「私は……なんとなく気になって?」
 私の言葉にギルガメッシュは楽しそうに目を細め、隣まで歩いてきたかと思えば優雅な動作でクレーターの中を覗き込んだ。
「ほう、これが大聖杯であったものか」
「みたいだね」
 触れたら怨嗟の念に取り憑かれそうな黒い泥は、見ていて気分の良いものではない。それなのに足を運んでしまったのは、僅かばかりの好奇心からだ。士郎とセイバーさんの愛の共同作業が見たかったともいうが、それを家で言うと他の女性陣の目が怖いのでこうして一人でやってきたのだけれど。
「ギルガメッシュは昔泥浴びたんでしょ?」
「終わったことだ」
 泥の方が消化しきれなくて吐き出され受肉したと聞いたけれど、彼は後悔していないのだろうか。
「つまらぬ事を考えているな、彩香」
「そうでも、ないと……思うけど」
 急に腰を引き寄せられ息を詰めれば、背後に当たる温かさに抱きしめられているのだと理解する。薄い布越しに心音が聞こえてきそうでそっと目を閉じると、頭上から微かな笑い声が降ってきた。お腹の前で組まれている指先に視線を落とし、綺麗だなと純粋に思う。
「随分と甘えてくるではないか」
 組まれた手にそっと自分の手を重ねれば、じんわりとした温かさが伝わってきて胸の奥が少しだけ痛む。どうしてギルガメッシュは霊体のままで居なかったのだろう。何度も抱いた疑問は伝えることなく体の奥底へと仕舞われ続ける。
「たまにはいいでしょ」
 霊体のままであれば別れを懸念することもなかったのに、受肉しているからこそ訪れる時間の流れに恐怖を覚えてしまう。いつから私はこんなにも弱くなってしまったのだろう。一度手にしてしまった幸福を手放すのがこんなに怖いなんて思いもしなかった。
「彩香」
 耳元に落ちてくる音に眼を細め、頬に触れた温かさに詰めていた息を吐いた。
「何を恐れることがある。お前は我のものぞ」
「所有権を主張されてもねぇ?」
 間近にある瞳を確認すべく顔の向きを変えれば、啄むような口付けが降ってきた。唇同士が触れ合うだけの行動なのに、嬉しいと感じるのは何故だろう。
「勝手は許さぬぞ」
「なぁに、それ」
 小さなリップノイズを響かせギルガメッシュの顔が離れる。ぼやけた視界から一転、クリアになった表情に心臓が一際大きな音を立てた。
「お前は我の寵愛に溺れていれば良い」
「暴君」
「分かっているではないか」
 密着した部分から混ざり合う体温。もし終わりが来てもこの温もりを覚えていれば前に進めると思えるほど、心の奥深くに刻まれていく熱源。
「逃げられると思わぬことだな」
「……それは、こっちの台詞でしょ」
 近い距離で笑い合えば、「何してんだよ」と呆れた声が割り込んでくる。
「あら、士郎じゃない」
「雑種が邪魔をするな」
「もう一度聞くけどな? こんな所で何やってんだよ、彩香」
 息を切らし苦しげに肩を上下させながら士郎が問う。
「強いて言えば……デート?」
 意地の悪い色を宿したギルガメッシュを見上げ言えば、良く出来ましたと言うように額にキスされた。
「――趣味、悪すぎ」
 デート場所のことか、はたまたギルガメッシュのことか、もしくは両方か。付き合いきれないと地べたに腰を下ろした士郎に私とギルガメッシュは互いに良く似た笑みを貼り付けた。


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