Fate (SN/HA)

□conclusive
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 落ち葉を踏みしめながら目的もなく歩き続けていたら、珍しい人物に遭遇した。暗闇よりも深い闇を纏いながら、どこかつまらなそうな足取りでこちらに向かってくる影。
「今晩和」
 近づく距離に声を上げれば、こちらを認識した相手が歩みを止める。
「っとぉ、珍しいこともあるモンだな」
「それはこちらの台詞だと思うけれど?」
 俗っぽい笑いを響かせる相手に肩を落とし、生温く頬を撫でる風に目を細めた。秋の夜といえば心地良い涼しさがあるのに、まるで夏の夜を彷彿させるような不快感に嘆息し、改めて眼前の人物に視線を移動させた。ニヤニヤと安い笑みを貼り付けこちらの出方を窺う存在は見知った姿で、形容し難い気持ちが渦を巻く。
「この場合、久しぶりと言った方が正しいのかしら」
「さー?」
 どうでもいいと笑う人物に問いかけなど無用。
 どうして此処にとか、何故ここに、という疑問も不必要。彼の存在は必要とされた時、あるべき姿で対象者の前に現れる。だが、私は彼を必要だと思ったことは一度もない。となると、まさしく私達の邂逅は偶然と呼ぶに相応しいのだろう。
「どうでもいいけど……寒くないの?」
 全身にペイントを施した半裸状態の姿は見ていて寒々しい。
「どーでもいいけど、アンタはオレが見えてンだな」
「一応ね。というか、その姿は貴方の趣味?」
「んー……仕方なくぅ?」
「仕方なく、ねぇ?」
 人の弟そっくりな姿で半裸を晒しておきながらよく言えたものだとため息を落とすと、私の気持ちを察してか目の前の存在は馬鹿笑いを響かせる。
「ひゃははは! ホント面白ェほど歪んでンのな、アンタ!!」
「前も言ったと思うけど、アンタじゃなくて彩香ね。また会う機会もあるんだろうし、覚えておいてよ」
 全身を使って笑い続ける姿は見ている方が疲れてしまう。一向におさまる気配のない笑い声に、彼の存在を無かったことにして帰宅しようかと思っていたら、こちらの思考を見抜いたかのよう急に笑いをおさめ、目元をアーモンドの形に歪めながら「彩香」と弟に良く似た存在が名を呼んだ。
「オレが見えるアンタって何者?」
「さぁ? 貴方は分かってるんでしょ」
「前も言ったけど、分かるけど分かんねーから聞いてんの」
「覚えてるんじゃない」
 心底愉快だと口端を吊り上げ彼は言う。自分という存在を認識出来るのは同じ場所に立つものだけだと。
「さっきのねーちゃんはギリギリんとこで踏み止まっちまったけどな、アンタはこっち側の人間らしい。なぁ、どういう意味か分かる? アンタは自分で自分が化物だって言ってんだよ! おー怖い怖い! 人間の皮被った化物様が夜歩きしてらっしゃる!! ってな!! あひゃひゃ!」
 再び馬鹿笑いし始めた存在に出てくるのはため息のみ。
「大人しく聞いていれば、随分なことを言ってくれるじゃない?」
「だってよぉ!! アンタがアレのねーちゃんなんだろ? 笑いの種としては最高じゃんか!!」
「言っておくけど大量殺人とかしないわよ、私は。面倒だもの」
 私の言葉に彼は再び口を閉ざし、期待に満ちた視線を送ってくる。
「誰かを殺めて見も知らぬ存在の恨みを買うならば、手を貸し恩を売っておいた方が経済的だと思わない?」
「それがアンタが持つ善悪の定義ってわけ?」
 いやらしい笑みはそのままに声色だけが一転する。何が彼の興味を引いたのか分からぬが、馬鹿笑いを聞かせられているよりはいいと回答を音にした。
「人の命を奪うにも労力が必要だから、しないだけよ」
 秋の虫が奏でる音色が聞こえてきそうな静寂。生温い風はいつの間にか止んでおり、足下から浸食してくる冷たさに今という季節を思い出す。
「ブラボー!」
 パチパチと手を打ち鳴らしながら、「アンタサイコーだ!」とどこかで聞いたような言葉を彼が投げかける。
「条件を満たしておきながら実行しない理由が、面倒だから、ときたもんだ! 呼吸をするように命を奪える術をもっておきながら、面倒だという一点だけでアンタは普通の人間を模していられる!」
 ケラケラと声を上げ悪の代名詞に縛られた存在は笑う。
「楽しんでもらえたら幸いだわ」
 何を言っても暖簾に腕押しだと諦めつつ、悪意の体現者は随分笑い上戸なのだと変な感心を抱いた。
「悪意の無い悪意、絶対的な生死を握る存在! なぁ、彩香。アンタはいつまでヒトでいるつもりなんだ?」
 舞台に上がったピエロのように振る舞いながら、朗々と謳いあげるよう言葉を紡ぐ彼。期待に満ちた眼差しを向けてくる存在に、なんと返事すべきだろうか。普通の切り返しじゃつまらないだろうけど……気が利いた言葉が出てこないのもたしか。
「そうねぇ……強いて言えば」
「強いて言えば?」
 結局脳内を漁って出てきたのは本心だけで。己の引き出しの少なさに苦笑を漏らしながら、鸚鵡返しに問う彼の声に目を伏せた。
「好きなのよ、きっと」
 自分に無いものに憧れる。救いようのないほど愚かで脆弱なヒトという存在を、羨みながら愛している。
「それに、ね。知ってた? 神という存在に刃向かえる権利を貰えるのは人間だけなのよ」
 貴重な権利を手放すのは勿体ないでしょう? 言って笑えば、本日二度目の拍手喝采が鳴り響いた。


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