Fate (SN/HA)

□祭リク9・15・18・30・48・49
1ページ/1ページ


 投げ出されている指先に、そっと触れてみる。まだ、起きない。緩やかに開かれている手にゆっくりと己の指先を絡ませれば、じんわりとした熱が掌から伝わってくる。
 ふと寝息が乱れた気がして息を詰めたが、一定のリズムを刻み上下する胸はそのままだったので、気付かれない程度に詰めた息を吐き出した。
 陽光を受け煌めく金糸はまさに黄金。柔らかに流れ落ちる色が温かそうに見え、空いている方の手でそっと前髪を掻き分け顔を近づける。完璧と表現出来るほど整った顔つきは見目麗しいが、それ以上に存在が生きているという事実が私の心を温め満たす。
「――……」
 声を発したら幻のように消えてしまう気がして……喉元まで迫り上がった名前を体の奥に送り返し、音の代わりに繋いだ手に少しだけ力を込めてみた。ぴたりと合わさった掌から互いの心音が混ざる気がして、片目を眇める。
 ゆるやかに停滞する時間はひどく優しい。
 今日という時間そのものが夢なのではないかと小さな疑問を胸に抱き、すっと通った鼻梁を指先で辿る。鮮烈な色を守る瞼は未だ開かれず、僅かに開いた唇に指先を落とせば乾いた感触が指先から伝わる。いつから寝ているのか分からないが、直射日光を浴び続けていたのでは乾燥もするだろう。暖かいとはいえ暦上は秋。このまま寝ていたら調子を悪くするのではないだろうか。
 何か掛けるものを、と体を動かすと同時に、指先に走る甘い痛み。
「……起きてたの」
 人の爪を甘噛みしながら、赤い宝石が姿を現す。
「随分楽しそうだったな?」
「そうじゃないかな、とは思ったけど」
 仮にもサーヴァントと呼ばれる存在が他者の気配に気付かないハズはない。
「それで?」
「なにが?」
 絡めたままの手を引かれ、ギルガメッシュの上に突っ伏す形となる。陽光を浴びていた体は想像通り温かく、触れた部分から温度差がじわりと浸食する。
「お前は我をどうしたいのだ」
 くつくつと咽を震わせギルガメッシュが問う。
「さぁ……どうしたいのかしら」
 解放された指先を引き戻し、滑らかな頬を辿る。
 古代の英雄王、座から召還されたアーチャーのサーヴァント。
「あいたいのかもね」
 私の言葉にギルガメッシュは笑いを収め、自由な方の腕で私を更に引き寄せる。
「強欲ではないか」
「嫌いじゃないでしょ?」
「悪くはない」
 鼻先が触れる距離で交わす言葉はどこまでも軽く、近すぎて合わない焦点が少しばかり勿体ない。
 体をずらしギルガメッシュの首元に鼻先を埋めれば、太陽の香りが鼻腔を擽る。どうでもいい一日がこんなに幸せでいいのだろうか。サービス精神旺盛な今日という日に感謝し、優しい手付きで髪を梳く感触に瞼を下ろす。
「珍しい事もあるものだ」
「猫みたく啼いた方がいいかしら」
 触れた部分から伝わる振動で、ギルガメッシュが笑っているのだと理解出来る。幸せだと微睡みながら偽りの日常に感謝する歪。
「ねぇ、ギルガメッシュ。繋いでいてね」
 主語の無い言葉にギルガメッシュは笑い続け、「愚かなことを」と私の頭を撫でる。
「取り違えるでないぞ、彩香」
 優しい手付きで人の睡魔を助長させながら「我の言を忘れるな」と、ギルガメッシュは穏やかな音を紡ぐ。
「忘れてないよ、最近のことは」
「耄碌している者は皆そのように言うな」
「否定しきれないのが悔しいとこね」
 長すぎる年月をただ生きている。遠い未来、幸せだった日常すら過去のものとなり風化するのだろう。どれだけ厳重に鍵を掛けていても、いつか忘れてしまう。優しさに溢れた日々を思い出せなくなってしまうのは、とても悲しい。
 だから、無理だと分かっていても願ってしまう。
「上書きし続けてよ」
 いやでも忘れられないように、魂に刻みつけて欲しい。
「戯れ言……というべきだが、お前の願いならば叶えてやるのが王の務めよな」
 「彩香」と音になった名前が胸の内に響いて泣きたい気持ちになる。
「お前は未来永劫、我の傍に在ればよい」
「なにそれ」
 思わず吹き出せば、小さな痛みが頭部を襲った。
「ねぇ、そんなこと言っちゃうと……後悔するよ?」
「構わぬ」
「王様だから?」
「この世の全ては我の物。勝手をするなど万死に値する」
「万死、ってそれ死んじゃってるじゃない」
 言葉の揚げ足をとりながら、降り注ぐ太陽を全身に浴びる。どこまでも贅沢な時間の使い方だ。
「ギルガメッシュ」
 呼んだ声に応えはない。ただ緩やかに髪を梳いていた手が、分かっているとでも言いたげに私の背を優しく叩いた。
「ねぇ……」
 上体を起こし、ギルガメッシュの心臓の上に片手を置く。
 離れた事により再認識した赤色は、苛烈さを顰め柔らかく笑んでいる。置いた掌から伝わる心音に目を細め、声が震えぬように細心の注意を払った。
「願っても、いいのかな」
 身に余る願いに手を伸ばしても許されるだろうか。醜く足掻いて手に入るというならば、無様を晒し声を上げてもいいのだろうか。
「我は人の業を愛でる」
「うん」
「その点において、お前に勝る者などおるまい」
「……うん」
 一定のリズムを奏でる心音も、いつか止まってしまう。サーヴァントという特殊な存在であるとはいえ、ギルガメッシュは受肉を果たしている。その事実が嬉しくもあり悲しい。未来という時間軸において必ず訪れる別れの際、私は笑っていられるだろうか。
「ギ……」
「離れるな」
 私の言葉を遮った、たった一言が……私という存在を絡め取り束縛する。
「そうやって言われたの……はじめて、かも」
「望めば下賜してやるぞ」
「一度で十分」
 何度も言われていたら有難味がなくなってしまう。
「望む事が許される立場に在るということを、理解しないのはこの頭か?」
 伸びてきた腕が人の髪を好き放題に乱す。
「石橋は叩き壊すくらい叩いて慎重に渡る派なんですー」
「彩香、望め。醜態をさらし、程を弁えぬ貪欲さで我を楽しませろ」
 悦の色を宿した瞳を正面から受け心音が乱れる。ありきたりな日常が嫌いで、人の足掻く姿を楽しんで。どこまでも歪んだ趣味を持つ最古の王は、適確に人の内心を揺さぶる術を心得ている。
「貴方の前では、可愛くいたいんだけどな」
 僅かばかりの乙女心を全面に押し出せば、案の定ギルガメッシュは大爆笑を披露した。まったくもって失礼な人だ。
「良く出来た冗談ではないか!」
「はいはい、言われると思ってましたよ」
「実に愉快ぞ、彩香。やはりお前は面白い」
「お気に召したら幸いですわ、英雄王様」
 ひとしきり笑った後「だから」とギルガメッシュは言葉を続ける。置いたままの手の上から自分の手を重ね、両手が触れ合った状態に心臓が跳ねた。人の発言を馬鹿にしている割には、自分の方が乙女ちっくな行動をするではないか。告げぬ音を胸の内で呟いて、見ているだけで幸せな気分になれる赤色に視線を合わせる。
「我はこの世全てを背負った王ぞ。異分子の一つや二つ増えたところで、手に余る我ではないわ!」
「わーすてき」
「む、なにやら……」
「きゃーぎるがめっしゅかっこいい」
「フム……まぁよかろう……。存分に称えるが良いぞ! フハハハハ!」
 高笑いを響かすギルガメッシュに苦笑を送り、溢れそうになる気持ちを押し止める事に成功した。
 今日ほど甘さが大安売りしている日も珍しい。大事な記憶の一ページに記載し、静かに鍵を掛け、願う。どうか遠い未来においても忘れる事がありませんように。
「なんか眠くなってきちゃった」
「我の眠りを邪魔した罪は重いぞ、彩香」
「え、なにそれ。膝枕でもすればいいってこと?」
 私の言葉を一笑に付し、ギルガメッシュは再度繋いだ手を引き寄せた。
「うわっ、と……って……これじゃあ……」
 再び突っ伏した体の上で、ギルガメッシュの心音を間近に捉える。
「お前は抱き心地がいいからな。諦めて我の布団になれ」
「なんか卑猥……」
 でも、悪くない。温かな陽射しを背に、温かな体温を体の下に感じながら誘われるよう瞼を下ろせば、待ってましたと言わんばかりに睡魔が襲いかかってくる。
 緩やかに上下する体に合わせるよう呼吸を調整し、深く、深く沈んでいく。
「彩香……まさか、もう寝たのか?」
 遠くで響く声に口元を緩めながら意識を手放す。
 ……良い夢が、見れそうだ。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ