Fate (SN/HA)

□祭リク35
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 何気なく見上げた月が綺麗だったから、時間も気にせず出かけようと思った。



「今晩和」
 静まり返った石段の先に、涼しげな姿を見つけ声を掛ける。
「おや、珍しいお客さんだ」
 雅な陣羽織を纏った御仁は暗闇の中に在っても存在そのものが輝いているように見える。今宵は身の丈を越える長剣は持っておらず、代わりに長い髪が虚空を揺らいでいた。
「女子たる者が出歩く時間ではないのでは?」
 微笑を湛えたまま麗人は見目に合う音を奏でる。心地良い音程に目を細め、私は手に持っていた四合瓶を眼前に掲げ「一献如何ですか?」と己の意志を示した。
「これはこれは」
 私の意を汲みアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎は頭上を見上げる。生い茂った木々の隙間から漏れ出る光が柔らかに辺りを照らし、実物を目にせずとも良い月が出ているのだと理解するには十分だ。
「断る理由はないな」
 フッ、と息を吐き出すよう笑みを刻み、群青の色を纏った英霊は「ようこそ」と招きの言葉を紡いだ。
「やっぱり月見といえばここよねぇ」
 小次郎さんの承認を得たのを良いことに、彼が良くいる山門の上へ場所を移す。
「面妖な術を使う女子もいたものよ」
「私以外にも沢山いるでしょ」
「さて、どうだかな」
 腰を落ち着けた私の横に音無く立ち、小次郎さんは月をバックにこちらを見下ろす。サーヴァントと呼ばれる英霊達は誰もがイケメン揃いだが、これほどまでに月が似合う男というのも珍しい。アーチャーさんとはまた違った風情を纏い、雅な存在は衣擦れの音を響かせ腰を下ろした。
 持参した杯を手渡し透明な液体を注ぎ、とくとく、と空気の奏でる音を聞きながら二つの杯を満たす。
「いやさか、って言った方がいいのかしら」
「ほう……キャスターもそうだが、お嬢さんもなかなかのようだ」
 言外に見た目にそぐわぬと言われているのだろうが、綺麗な月の前では些細なこと。それよりも今は月を楽しむ事の方が重要だと、苦笑混じりに杯を傾けた。
「美味だな」
「実はお酒の味っていまいち分からないんだけど、景色の補正が入ってるから普段より美味しく感じるよね」
「お主、矛盾していると言われないか」
「人間ですもの。矛盾の一つや二つあったほうが楽しいと思わない?」
「口達者なお嬢さんだ」
 特に話すべきこともなく、静かに月を愛でながら杯を傾ける。これで夜桜があれば完璧だと少しばかり残念な気持ちを抱きながら、唐突に降って沸いた疑問を口にしてみることにした。
「そういえば小次郎さんはこの場所から離れられないんですよね?」
「随分急だな」
「気になったことはため込まない主義ですので」
 空になった小次郎さんの杯に酒を注ぎ、彼の御仁が口を開くのを待つ。
「少々つまらぬが……それもまた一興」
「なるほど」
 つまるところ、いつかキャスターさんが愚痴っていたように、小次郎さんの酒のつまみは彼女にあると見て良さそうだ。まぁ山門付近から離れられないとなると、色々限られてくるのだろうけれど。
「お主はどうなのだ」
「え?」
「随分とつまらなそうに見えるが」
「あ、そんな顔してます?」
 つまらないなんて形容されてしまうと、名月に対して申し訳ない気がする。
「十分楽しんでますけどねぇ……あれかな。小次郎さんが言ってるのは、私の余所に対する関心の低さのことかな?」
 楽しみと感心はイコールにならない。小次郎さんが私を見てつまらなそうだと思うのは、きっと普段のやる気のなさが滲み出ているからなのだろう。
「浮き草のように見えるよ」
「浮き草、ですか」
 地に足を付けずふらふらと漂う様は、たしかに浮き草に良く似ている。流石風情を愛する御仁は言うことが違うと感心しながら、空になりつつある己の杯に酒を注ぐ。
「手酌とは寂しいな」
「英霊様にお酌させるわけにはいきませんからねー」
 わざとらしく笑みを貼り付け、咽を焼く水を流し込む。
「ふむ……どうやら君は私の理解範疇を超えた存在のようだ。衛宮彩香」
「あら」
 呼ばれた音に瞬き返し、「知ってたんですか」と微笑を一つ。
「キャスターが時々話しているからな」
「私の事をですか?」
「あぁ、なんでも桁外れに呪われた歪な存在だと」
「あー……それは否定しきれませんね」
 どんな流れでそんな物騒な話題になったのか気になったが、聞いたところで小次郎さんが答えてくれるとも思えない。気にはなるが面倒な詮索は無粋だと、下げた視線を再び空へ固定する。
「羨ましい――とも、言っていたがな」
 歪みきった衛宮彩香という存在の中には何人も侵すことの出来ない領域が存在する。それが羨ましくもあり憎らしいと、キャスターさんは微笑みながら言ったらしい。
「誰だって持ち合わせてると思うけどなぁ」
 境界線をきっちり引いてるかどうかの違いだけで、不可侵領域とは誰の中にも存在するものだ。ただ、私が他者と違うことといえば、自らの力で己が領域を守りきることが出来るということだろうか。
「忘れないこと、って存在するんですよ」
 大切に鍵を掛けて、誰にも見られぬように。
「それを実行出来るお主が羨ましいのだろうな、あの魔女にとっては」
「そういうものですかね」
「そういうものなんだろうさ」
 再び訪れる無言の時間。それを破ったのは小次郎さんが立てた衣擦れの音だった。
「今宵はここまでのようだ」
 口元に弧を描き、小次郎さんは山門へと続く石段を指さす。
「あ」
 イライラとした気配を周囲に振りまきながら、金色の存在が重圧を伴い暗闇の中から現れる。
「迎えがくるとは、随分男の扱いが上手いとみえる」
 皮肉を紡ぐ小次郎さんを見上げ、私は小次郎さんと月との間に杯を持った腕を伸ばし。
「羨ましいでしょ?」
 言って、 残っていた月を飲み干した。


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