Fate (SN/HA)

□祭リク16・32・46 
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 ふと奇妙な感覚を肌で感じ取り、冷えた土蔵で目を覚ました。
「……なんだ?」
 甘ったるい濃密な空気が重くのし掛かり、妙に息苦しい。意識的に呼吸を繰り返しながら士郎は上体を起こし、屋敷の方へと顔を向ける。昨夜から衛宮家に居候している女性陣達は、アインツベルの城へと行っているハズで、事実上家に残っているのは士郎と彩香だけだったハズだ。
「彩香になんかあったか……? まさかなぁ……」
 常に飄々としている姉の存在を脳裏に浮かべ、宝くじよりも低い確率を士郎は失笑一つで振り払った。弟という立場に在る己が言うのもなんだが、彩香という存在は謎に満ちていると士郎は考える。切嗣越しに見えた柔らかそうな存在。それが士郎が彩香に持つイメージだ。実際、彩香は総ての事に関して執着心が薄いように思える。ふわふわと柔らかな笑みを浮かべながらも、他人との距離はしっかり取る。優しいのか冷たいのか良くわからない態度に当初は困惑したものだが、慣れてくればきっちり引かれた距離感は心地良い。そんな彼女が選んだのがあの慢心王というのは信じがたいが……彩香にもちゃんと人間らしい心があって安心したものだ。その事を遠坂女子に話したら「士郎も同類よ」と一蹴されたが、それはまた別の話。
「確認だけはしておくか」
 凝り固まった腕を回し土蔵の扉を開ける。抜けるような青空に目を細め大きく深呼吸すれば、停滞していた血液が一気に流れていくのを実感した。
「二人だけの朝飯なんて久々だ」
 寝起きが悪めの彩香に何を作るべきか思案しつつ、縁側から屋敷の中へ足を踏み入れる。
「……なんでさ」
 これが悪夢か。暗転しそうになる意識を意地で繋ぎ止め、士郎は我が物顔で炬燵を占拠している金の存在を視認した。
 何故居るはずの人間がおらず、居ないハズの存在がいるのか。
「おい、人ン家で犯罪紛いな事するなよ」
「遅いではないか雑種」
 赤い目を厭らしく細めながらギルガメッシュは顔を士郎の方へと向けた。
 紫紺色の髪に誂えたかのような同色の瞳を引き立てるのは透けるような白い肌。人形のような少女が、ギルガメッシュの腕の中に収まっているのは犯罪以外の何ものにも見えない。だが、人形のような存在こそが衛宮の土地を覆う濃密な空気を作り出しているのだと理解するのに時間は掛からなかった。
「てか、それなんだよ」
 じっと士郎を見つめながら瞬きを繰り返す少女を指さし、「アンタの趣味か?」と士郎は問う。
「奇蹟の謁を許してやるのだ、歓喜に噎び泣くが良いぞ」
「なんでさ」
 ギルガメッシュの言葉は理解に苦しむと士郎は片手で米神を押さえ、再度人形のような少女に視線を合わせる。
「まさか、それアンタの新しい宝具とか言わないよな?」
 何でもありチートよろしくなギルガメッシュのことだ。あの訳の分からない宝物庫に、人間兵器の一人や二人収納していてもおかしくない。
「ふっ、く、ふははははは! 雑種にしては的を得た回答をするではないか!」
「……マジかよ」
 高笑いを響かせながらギルガメッシュは少女を抱き込み、艶やかな髪に口付けを落とす。まさしく愛玩という単語が相応しいような行動を目の当たりにし、驚いたのは士郎の方だった。
「おい、ギルガ――」
「あの人だぁれ?」
 ギルガメッシュの金糸を引っ張りながら、鈴のような軽やかで甘い音が士郎の言葉を遮る。少女が喋れた事にも驚きだが、己の行動を邪魔されて怒りを顕わにしないギルガメッシュも異様だと、士郎は眉間の皺を三割増しにした。
「雑種の名など知るに値せぬ」
「……雑種、っていうの?」
「士郎だ」
 こぼれ落ちそうな目を何度も瞬かせ、ギルガメッシュの腕の中から這い出ようとする少女。だが少女の体をがっちりキープするよう回されたギルガメッシュの腕が緩むことはなく、結局少女は中途半端に身を乗り出しただけに終わった。
「もー、離してよ」
「断るといったら?」
「……こまる」
 膝立ちになった事で近くなった二人の視線。甘さを宿した赤色を細め、引き寄せた少女の目元に口付けるギルガメッシュ。まるで恋愛ドラマのワンシーンを見ているようだと士郎は服の上から胃を抑えた。何が悲しくていい大人と子供のラブシーンを見せつけられねばならぬのか。いっそロリコン王と呼んでやろうかこの金ピカ野郎。キリキリと痛み始める胃に歯を食いしばり、どうやってこの存在を衛宮家から追い出すかに全神経を傾ける。
「加勢するぞ衛宮士朗」
「――ッ! アーチャー……!」
 何故此処に、という至極当然の疑問を捨て去り、ふらりと現れた第二の英霊に士郎は珍しく本心から感謝した。
「共同戦線といこうではないか」
「あぁ……今ばっかりはアンタに同意する」
 険悪な空気を漂わせながらも、眼前にいるギルガメッシュと少女のいちゃつきは止まない。
「いい加減にしろ英雄王。お前の行動は犯罪そのものだぞ」
「贋作者風情が我に意見するか」
「ふぇいかー?」
 ギルガメッシュの言葉に興味を持ったのか、楽し気な声を上げていた少女は金の存在から視線を外し、二人のエミヤへ顔を向ける。
「んー……冷えた、香りがするね」
 ぽすりと音を立ててギルガメッシュの胸元に沈み、彼の存在を抱きしめながら少女は紡ぐ。
「乾いて、悲しくて、でも綺麗な香り」
「……何を言っている」
 全てを見透かすような瞳に畏怖を覚え、アーチャーは少女を睨み付けた。だが、アーチャーの殺気など微塵も気に掛けず少女は「ギルはー」と胸元に頬を当て嬉しそうに微笑む。
「太陽の匂いがするから、好き!」
「なっ!」
「……金の匂いの間違いではないのか」
「ふははははは! もっと言ってやれ!」
 敗者と巨大な文字をバックに背負い、士郎とアーチャーは同じ動作で己の顔を片手で覆う。
「彩香を誑かしておいて……」
「なんだと?」
 思わず呟いた士郎の言葉にギルガメッシュは嫌悪を全面に押しだし、英雄王と称されるに相応しい威圧感を撒き散らした。
「発言を許す、今一度述べてみよ雑種」
「……人の姉に手ぇ出しておいて、自分は犯罪紛いの事してるってどーなんだよ」
「フッ……雑種共が。勘違いも甚だしい」
 抱きしめたままの少女の髪を優しく掬いながら、ギルガメッシュは勝者の笑みを口に引く。
「彩香、お前の弟は些か立腹のようだぞ」
「……私に弟なんていたかなぁ?」
「なっ!」
 彩香と呼ばれた存在が顔を上げ、弟と呼ばれた存在を視界に映す。
「でも、お兄ちゃん達の方が年上に見えるよ?」
「お前からすれば奴等など稚児同然だ。せいぜい遊んでやるが良いぞ」
「えー……私はここがいい」
 ふわふわとした笑顔と共に再びギルガメッシュの中へ戻る存在。
「……アーチャー、説明してくれ」
 理解の範疇を超えたと士郎が白旗を掲げ、対するアーチャーは思案顔で戯れる二人を観察し続ける。
「……若返りの秘薬、か?」
 何度か見たことのある幼年体のギルガメッシュ。あれと同じ物を彩香に用いたと考えれば納得の出来ない光景にも答えは出る。だが、答えと共に一つの疑問が沸き出てくる。何故、彩香は本質である色味すら違うのかと。
「愚問を抱いているようだな、贋作者。一つ王が教示してやろう」
 尊大な態度で不敵な笑みを貼り付け……と思いきや、珍しく柔らかな笑みのみを湛えギルガメッシュは少女の髪を梳く。
「雑種風情に彩香の本質など理解出来るハズがなかろうよ」
 普段と同じ物言いにも関わらず、乾いた土に染み込むようギルガメッシュの言葉が浸透する。卑下するわけでもなく、無色の言葉はどこまでも真っ直ぐに響いていて、それが英雄王たる彼が認めた存在に対する一種の敬意なのだろうと嫌でも気付いてしまった。
「アンタ……」
 心の何処かで遊びだと思っていた。己以外を雑種と蔑む太古の英霊が、人間相手に本気になるハズなどないと。だが、理解してしまった。彼の英霊が彩香という音を持つ魂に向けるのはどこまでも真摯な気持ちだけ。
「冗談、きついぜ」
「…………」
 何も語らぬ褐色の存在は既に二人に対して背を向けており、早々と退散の意を示している。あぁ、やっぱりこいつは信用出来ない。批難を込めて見上げた先でアーチャーの口元が歪むのを士郎は見た。
「そういえば……アレはなんというのだったか」
 相変わらず優しい手付きで少女の姿をした彩香の髪を梳きながら、ギルガメッシュが虚空を睨む。この期に及んで何を言う気だと士郎は身構えるが、そんな心の防壁など知らぬ存ぜぬと木っ端微塵に踏みにじるような単語を金の存在は紡ぎ出した。
「光源氏計画、か」
「……おい」
「…………英雄王、今なんと言った」
「喧しいぞ贋作者共。己好みに育て上げることを光源氏計画というのだろう? 興としては実に愉快で……」
「「慢心王、武器の貯蔵は十分か」」
 綺麗にハモった二人の声。
 今此処に、何度目かとも分からぬ衛宮家耐久力測定テストが幕を上げたのであった。


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