Fate (SN/HA)

□祭リク23
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 普段何気なく振る舞っている料理。
「改めて言われるとどうすればいいか悩むわねぇ……」
 いきなり衛宮家にやってきた成年体のギルガメッシュ。人の家の扉を壊さんばかりの勢いで押し開けて、何の用かと身構えれば「我の為に料理を作れ」ときたものだ。普段外食ばかりしてると思われる金の存在にどんな心境の変化が訪れたのかはしらないが、急に言われてレシピが浮かぶほど私と台所の友好度は高くない。
「士郎やアーチャーさんなら文句言いながら作り始めるんだろうけど……」
「贋作者がどうした」
「仮にも人の弟を贋作者呼ばわりしないでくれる?」
「些末事を」
「小さい事を気にするのが人ってもんなんですー。とりあえず献立考えるから座って待っててよ」
 邪魔な存在を居間へと追いやり静かに稼働し続ける冷蔵庫を開けるが……見事なまでに何もない。
「うっそでしょ」
 そういえば桜ちゃんが今日は特売だと意気込んでいたような気がする。特売日……つまり、その日に新鮮な食料を補充する為、前日に残っている食材を美味しく頂いてしまうことが多い。すっかり失念していた日常行事に頭を抱え、いきなり家に来たギルガメッシュが悪いのだと責任転嫁することにした。
「前も言ったことあると思うけど、他の人に比べて料理上手くないからね?」
「構わぬ」
「はぁ……そうですか」
 この世の全てを背負っている王様相手に料理を作ったことはほとんどない。仮にも王という称号を戴いている相手に料理を振る舞うほど肝が据わっていないというか、なんというか……。確実に美食だと断言出来る存在に己の料理を批評してほしくないというか、ちっぽけな自尊心が大きくバツ印を出しているというか……。ともあれ、私はギルガメッシュ相手に料理を振る舞いたくないのだ。
「ねー、本当に……」
「くどいぞ彩香。王に二言は無い」
「え、なにその喧嘩文句みたいなの。私喧嘩売られてるわけ?」
 テレビを見たまま言葉を紡ぐギルガメッシュに野菜室から出したネギを投げつけてやりたい気分になったが、後々面倒な事になりそうなので我慢した。
「変わりやすいのは女心と秋の空だけにして欲しいわよね」
 ため息混じりに下ごしらえを開始するが、脳内に浮かぶのはたった一つのレシピだけ。
「庶民すぎて申し訳ない感が……うぅ……」
 今からでもいいから急に気が変わって新都へご飯食べに行ってくれないかな。僅かな期待と呪いを胸に背後の存在を覗き見してみたが、どっかりと座布団に腰を落ち着け移動する気配は微塵もない。
「がっかりしたって知らないんだから」
 言い訳を口に乗せ、任務を遂行する為フライパンに油を入れた。



「お口に合うかどうか分かりませんが」
「うむ」
 卓上に置かれたのは黄金色のオムライス。卵料理に関しては士郎のお墨付きだし……激怒されることはないだろう。脳内を過ぎるちゃぶ台返しの光景に少しばかり身を震わせ、ギルガメッシュの前にケチャップのボトルを置く。
「冷めちゃうよ?」
 じっとケチャップを見つめたままのギルガメッシュに早く食べろと催促すれば、「彩香」と私の名を呼びギルガメッシュはオムライスの皿を中央へと寄せる。
「え、食べないの?」
「かけ」
「は?」
「文字やら絵を描くのが一般的であろう」
「……どっから仕入れてきたのその知識」
 偏りまくった知識に頭痛を覚えこめかみを押さえる。
「まぁいいけど」
 作業を渋ってオムライスが冷めてしまう方が死活問題だと、私はケチャップの瓶をとり赤い波模様を描いた。
「はい、これで……って、まだ不満なの?」
 ケチャップをかけろと言われてかけただけなのに、何故こうも不満タラタラです、といった視線を真っ向から浴びねばならぬのだ。
「ハート型」
「……ハートは出張中です。またのご利用をお待ちしております」
 笑顔で対応し、ギルガメッシュの前へ皿を押し戻す。早く食べて貰わねば、絶妙な半熟具合がなくなってしまう。いっそ置かれたままのスプーンでオムライスを切り崩し、口の中へ突っ込んでやろうか。
「ギ……」
 物騒な私の考えを読み取ったとは思えぬが、これまた絶妙なタイミングでギルガメッシュはオムライスに手を付けた。
「どう?」
 崩された断面から覗くのはプルプルとした卵。理想どおりの仕上がりであったことに安堵し、綺麗な動作でオムライスを食べすすめるギルガメッシュの顔色を窺う。
 口を開かねばとは良く言ったものだが……例に漏れず造作のいいギルガメッシュは食べる姿勢も綺麗である。ピンと伸ばされた背筋にスプーンに添えられた指先。品が良いとはこういうことを言うのだと思わず納得してしまうような完璧な立ち振る舞いは、流石王と呼ばれる存在なのだろう。
「食べてくれるってことは……不味くはないって思っていいのかしら」
 ギルガメッシュの対面に腰を下ろし、久方ぶりのイケメンゲージを補給させてもらう。
「足らぬな」
「ん?」
 残り数口となったところでギルガメッシュは手を止め、こちらにスプーンの先を向けた。
「お前はなんだ?」
「へ?」
 問いの意味が分からぬとギルガメッシュを見つめ返し、気紛れな王様がヒントを出すのを待つ。
「彩香、お前のしている事は王の決議に異を唱えているのだと判らんか」
「な、なに、急に」
 私がギルガメッシュの決定事項に異論を唱えている? 推測しようにも、心当たりがなさすぎて材料が足りない。
「料理に関して決め事なんてあった?」
 古代の作法など知らないが、私のとった行動がギルガメッシュの気に障ったということなのだろうか?
「あ、食事中対面に座っちゃいけないとか?」
「彩香」
 移動しようと腰を上げた私を言葉一つで遮り、ギルガメッシュは再度座るように指示をする。
「根本的な間違いを犯している事に気付かぬとは……いいか、彩香。二度は言わぬ」
 珍しく真面目な雰囲気のギルガメッシュに背を正し、次に来る言葉を迎え撃つべく気を張り巡らせる。
「この我が隣に立つ事を許可したのだ。己を卑下することなく我が隣に相応しき態度でいろ。彩香……我が、后よ」
「ッ!!」
 左手の薬指に輝く指輪はある。だが、面と向かって言われたのは初めてで……一気に沸点に到達した頭では何も考えられない。
「ギッ、ギルガッ……ま、まさか」
 私の狼狽えに望む応えを得たのか、普段良く見せる不遜な笑みを浮かべギルガメッシュはさらりと爆弾を投下してくれた。
「妻が夫に料理を振る舞うのは当然であろう」
 しれっと言い放たってくれたギルガメッシュに空いた口が塞がらない。
「どうした、まだ認識出来ないか」
「結構です、十分です、理解させていただきました!」
「ほう? ならば――」
「むぐっ!?」
 口の中に何か入れられたのだと気付いたのは、慣れた味が咥内に広がったからだ。
「どうだ」
 己の推測を確定させるべく皿へと視線を移動させれば、綺麗さっぱり何もない。
「美味しい、かな」
 ケチャップの程よい酸味とふんわりとした卵の食感。我ながら良い出来だと満足し、残っていたオムライスを飲み込む。
「毎日作るがいいぞ」
「……それはどうかと思う」
 流石にオムライスばかりというものあれだし……これは真面目に料理を習うべきだろうか。衛宮家の台所を牛耳る料理人達を脳裏に浮かべ、前途多難だとため息を吐き出した。


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