Fate (SN/HA)

□祭リク8・31・42
1ページ/1ページ


 カタカタポチポチとボタンを押す音が室内に木霊する。ボタンの連打音と共に液晶テレビから発せられるのは、掛け声や爆発音などといった効果音達だ。
「あー、また出ない! ちゃんと押してるのに!」
「彩香は不器用だな。下方向の押し込みが足りないんだ、ほら」
「おぉぉ」
 両手の上に重ねられた手が私の指を上から押さえると、思っていた通りの技を繰り出し画面内の人物が倒れる。
「一応気にはしてるんだけど……やっぱり難しいわねぇ、こういうのって」
「慣れれば簡単なものさ」
 クツクツと耳元で笑い声を響かせ、背後の人物は人の指先を巧みに操る。
 ぴったりとくっついた体温は、秋独特の涼しさを有する気温を和らげてくれ心地が良い。何度かゲームをやっている最中に眠りそうになったが、その都度背後の人物が魅惑的な声を耳元に落とすの強制的に意識を繋ぎ止めてきた。
「どうした? 動きが鈍ってきているぞ?」
「いい加減指が痛くなってきた」
 二人分の重みでコントローラーを操っているせいで、ボタンを押している指が痛い。特に左手側。きっと見たら赤くなっているだろうけれど、視線を落として確認出来るのは無骨な指先だけだ。
「貴方自分の握力分かってる?」
「さぁ、なんのことやら」
「はぁ……都合の悪い事は忘れちゃいますって? 良く出来た脳みそですこと」
「お褒めに預かり至極恐悦」
「はいはい、貴方と真面目な話をしようと思った私が馬鹿ですよ」
 せめてもの意趣返しとばかりに背後の人物に体重をかける。
「ご婦人のとられる行動とは思えませんな」
「お相子でしょ」
 秋晴れが広がる景色を横目に、ひたすらゲームに興じる怠惰感。
「優雅よねぇ」
「無駄ほど贅沢なものもあるまい」
 有限な時を敢えて意味のないものにすり替える贅沢さは、ある種の幸福で胸中を満たす。特にこれといった会話もなく、ただひたすらにコンピューターと対戦を繰り返す時間。朝も昼も食べず、ただダラダラと水分をとりながらゲームに興じるのもたまにはいい。そう思えるくらいには、この無駄で優雅な時間を気に入っているようだ。
「あっ!」
 You Lose。画面に表示される文字に頭を垂れ、痛くなった指を休める為コントローラーを卓上に置いた。
「もう終わりか?」
「一休みよ、一休み。ゲームは一日一時間って名言があるの知らないの?」
「さぁ、必要無い情報と判断されているのではないかな」
 かの有名な名人様のお言葉を見逃しているとは……聖杯も詰めが甘い。
 均整のとれた背もたれに重心をかけ、このまま寝てしまおうかと狭まってきた視界で考える。どうせ今日という日が終わってしまえば、虚像まみれの現実は終わりを告げるのだ。
「俺を枕代わりにするな」
「別にいーじゃない」
「君は大和撫子という単語を知らないのか?」
「私は生粋の日本人じゃないからいいんですー」
「ほう?」
 重なっていた手が顎先を捉え、なすがまま上を向けば一際綺麗な顔が視界を埋め尽くす。
「ならば、何処の生まれだ? 彩香」
「さぁ……何処かしらね」
 古い記憶は錆び付いて上手く思い出せない。そもそも、私という存在が居たのはこの地球上なのだろうか。壊れた映写機のような途切れ途切れの思い出から読み取れるのが、架空の記憶でないとどうして断言出来ようか。
「乙女の出生を知りたいなんて、紳士のすることじゃないわ」
「乙女、ねぇ?」
 何かを言いたげに目を細め、美貌の持ち主は「そういうことにしておくか」と投げやりな台詞を吐く。
 テレビから流れる軽快な音楽。外から響く鳥の囀り。
 あぁ、やはり贅沢な時間の使い方だと、背中越しに伝わる心音に目を閉じる。
「彩香」
 上から降ってくる甘い音に微笑を漏らし、私は――。
「……ちょっと、アンタタチなにやってんのよ」
「お帰り、凛ちゃん」
 パチリと開けた視界の先で私を抱えている人物が凛ちゃんの方に顔を向けているのを確認し、預けっぱなしだった体重を元に戻した。
「おやつなら士郎が冷蔵庫にあるって……」
「おやつじゃありません、彩香さん! また、貴女は、一体、何を、してるんですか!」
 私に言い聞かせるよう力強く言葉を紡ぎながら、凛ちゃんは私の背後に居る存在……ディルムッドを指さした。
「仮に契約が再試行されていたとしても、彩香さんの傍にいるべきなのは金ピカのアイツでしょ!?」
「ギルガメッシュなら今頃新都に居るんじゃないかなぁ? あと念の為言っておくけど、令呪ないからね?」
「ならどうして!」
「さぁ?」
「さぁ、じゃありません! もっと危機感というか……まともな神経を持って下さいよ!」
 私と凛ちゃんのやりとりを面白そうに眺めながら、ディルムッドは「可愛いお嬢さんだ」と凛ちゃんへ笑みを向ける。
「うっ! あ、あんた……魅了の魔法なんて」
 よろめきながらも持ちこたえた凛ちゃんにディルムッドは、昔どこかで聞いたような失礼な台詞を投げかけていた。相変わらず自信たっぷりなイケメンさんである。
「まぁまぁ居るものは仕方ないし? どうせバグった聖杯の手違いでしょ」
「バグ、って彩香さん……」
 今日という日が終われば、ディルムッドは消えるだろう。そして、彼という存在が居たことすら無かったことにされ、新たな始まりが産声を上げるのだ。
「イベントは楽しまないとね」
 付き合ってられないと片手で顔を覆う凛ちゃんの後方から近づいてくる気配。士郎が帰ってきたのかと思ったが、ディルムッドが秀麗な眉を顰めたので他のサーヴァントらしいと推測する。
「アーチャーさんかな?」
 凛ちゃんと契約していたアーチャーさんならば、荷物持ちに駆り出されていた可能性も高い。
「おーい嬢ちゃん、荷物ここでいいのかー?」
「あ、うん。適当に置いておいて」
「あら」
 壁越しに聞こえてきた予想外の人物の声に、ディルムッドが眉を顰めた理由が分かった気がした。
「珍しいこともあるものねぇ」
 ランサーの呼称を有する男が二人。普通ならば有り得ない光景に、思わず口元が弧を描く。早く対面してほしいという気持ちを全面に押し出していたら、「やっぱり彩香さんは金ピカのマスターよね」と凛ちゃんが呆れ果てたような声色で言った。
「はー疲れたぜー。まったく女の買い物ってのはどうしてあん……あぁ?」
 ぼやきながら居間に入ってきたのは青い髪のチンピラ。
「んだよ。笑えねぇ冗談だなぁ、オイ」
「それはこちらの台詞だな」
 二人のランサーの間に火花が見えたような気がするが、多分気のせいだろう。静電気が発生するには少しばかり時期が早い。
「嬢ちゃん、説明してくれや」
 ディルムッドに抱きかかえられたままの私に、ランサーさんの鋭い視線が突き刺さる。同じ赤色でも随分違うものだと、己のサーヴァントであった存在を思い出しながら口を開けば、私よりも先にディルムッドが売られた喧嘩を買っていた。
「ご婦人に対しての礼儀も知らぬとは……猛犬の名に相応しい態度だな」
「言ってくれんじゃねーの黒子野郎」
 米神に青筋を立てるランサーさんと、涼やかに人を見下した視線を投げかけるディルムッド。同郷で同じカテゴリに属しているのに随分と違うものだと、変な感慨を覚えてしまった。
「まぁまぁ、仲良く仲良く」
「コイツと仲良くなんて出来っかよ!」
「先輩として大きな心で、ね?」
「……妙にソイツの肩を持つんだなぁ? 彩香。唆されでもしたか?」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で唸りを上げるランサーさんは、文字通り猛犬のようで。
「唆されたっていうか、降って沸いた楽しい出来事を無視するほど暇じゃないっていうか?」
「あー……。そうだな、嬢ちゃんはアイツのマスターだったんだもんな」
 凛ちゃんと同じ事を言いながら、ランサーさんは肩を竦める。私とギルガメッシュの共通を何に見いだしているのかなんて嫌でも分かるが……とりあえず失礼な人達である。
「あ、そうだ。二人で対戦してみたら? 新旧ランサー対決なんてそう見れるものじゃ……」
「「断る」」
 ぶれることなくハモった二人の声に、顰め面を浮かべるランサーズ。
 いやよいやよもすきのうちとは言うが……。二人の仲もそうなのでは、と考え事に耽る私の前で、リアル対戦が行われようとしていた。
「ちょっと待った!! 二人共血気盛んなのは良いけど、ここは私の管理する家です。つまり、ここでは私がルール! 決闘なんてしようものなら……分かってるわね?」
 微笑みながら視線で訴えれば、二人の口から謝罪の音が滑り落ちる。
「分かってくれると思ってたわ。じゃ、凛ちゃん達も帰ってきたことだしお茶にしましょうか」
 完全に霧散しない殺気を振り払うよう立ち上がり、お茶の準備をすべく台所へ向かう。
 先程まで全身を覆っていた睡魔は綺麗さっぱり晴れており、消え失せた怠惰さを少しだけ残念に思いながらヤカンを火に掛けた。

 今日は、長い一日になりそうだ。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ