GS2 long

□vol.5 恋の花火大会
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お母さんの二日間の特訓のおかげで、わたしは何とか自分で浴衣を着れるようになっていた。

ブティック・ジェスで買った紺地に映える鮮やかな花火の柄の浴衣は、ひと目で気に入って買ったもの。
水色の帯をキュッと蝶結びにしてフロアに出ると、マスターのサンドウィッチとコーヒーのいい香りに出迎えられる。

「その浴衣、とてもお嬢さんにお似合いだ。――はい、どうぞ」
「ありがとうございます!わぁ、美味しそう!」

カウンターのイスに腰掛け、食べてみたかった珊瑚礁のメニューのフルーツサンドを頬張るわたし。

とっても美味しい!
わたしもお客さんになって、一度珊瑚礁に来てみたいな。
 
 
しばらくマスターと談笑しながらコーヒーを飲んでいると、カランカランとドアが開いたことを知らせるベルが鳴った。

あ、佐伯くんが帰ってきたのかな?

「浴衣だ」

振り返ると、目を丸くして不思議そうにわたしを見ている佐伯くんが立っていた。

そりゃあ驚くよね。佐伯くんが居ないうちに着替えたんだもん。

「おかえりなさい」
「ああ、うん……。なんで浴衣?」

わたしもどう答えたらいいのかわからず、目が泳いでしまう。

えっと……その、と口篭るわたしの背後から、代わりにマスターが答えた。

「おかえり、瑛。途中で花火大会に寄ってから、お嬢さんをお送りしてあげて」

そのマスターの一言に、わたしと佐伯くんは声を揃えて叫んでいた。

「「ええーー?!」」

思わぬ話の展開に、わたしも驚いて慌てふためいてしまう。
佐伯くんも眉間にシワを寄せ、不満そうな声でマスターに猛抗議した。

それはちょっとわたしには悲しいくらいに――。


「なんでだよ!だいたい臨海公園は全然途中じゃないし」
「そ、そうですよ、マスター」
「わざわざ人混みのとこに行きたくもない。俺、ヤダよ!行かない!」
「ホントに……。佐伯くんも嫌がってるし、わたしは――」
「瑛」

わたしの言葉を遮り、一息置いてマスターが静かに佐伯くんに言った。

「いいね?花火大会に寄ってから、お嬢さんをお送りして」

すると、佐伯くんはムッと口をへの字にして黙り込んでしまった。

――どうしよう……。

わたしはなんて言ったらいいのかわからなかった。
ただオロオロとわたしはマスターと佐伯くんの顔を交互に見ることしか出来ない。


しばらくの沈黙の後、佐伯くんがしぶしぶ口を開いた。

「……わかったよ」

そう言って佐伯くんがわたしをジロリと見る。
それから、行くぞ、とボソリと呟いた。

ハァと盛大にタメ息を吐き、入り口の方へと歩き出す佐伯くんの背中は、手を伸ばせば届きそうな距離。
でもほんの少しの距離なのに、今は宇宙ほどの距離を感じるよ……。


「嫌がってますねぇ」
「マスタ〜」

小声で言ったマスターをわたしが恨みがましく見上げると、苦笑いを浮かべて、頑張って、と背中を押される。
 

――マスター!この状況で、どう頑張れと?!
 
泣きたい気持ちで、わたしは肩を落として珊瑚礁の扉を押した。

カランカラン……と、ベルもなんだか泣いてるように聞こえるから不思議だった。



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