GS2 long
□vol.4 ドッキドキな夏休み
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「もちろんです。毎日頑張ってくれていますから」
大分慣れましたか?と、マスターに訊かれ、わたしは黙って首を振った。
わたしなんか全然ダメ。もう珊瑚礁に来て1週間経つけど、毎日佐伯くんに怒られてばっかりだ。
小さくタメ息を吐いたわたしにマスターが笑いかける。
「すまないね。あいつは口が悪いし」
「いえ……。わたし、手際が悪いですから」
そう言って、わたしはチラッと佐伯くんを盗み見た。
優雅で無駄の無い動き。そして、にこやかに商品の説明をしている大人っぽい姿。
学校にいる時とも違う佐伯くん。
ハァ……、やっぱりカッコいいなあ。
「そんな事ないですよ。さっきも女性客の気持ちを汲み取ってのことだったんでしょう?まったく、瑛の奴は――」
「いえ、学校でもお店でも佐伯くんはスゴイです。尊敬します。でも私には最初からなぜか不機嫌顔で……。きっと出会いが悪かったからなんでしょうけど」
「出会い……ですか?」
「わたし、入学式の朝、恥ずかしながら迷子になってしまって。それで、お店の前で偶然佐伯くんに出会って……。彼に道を教えてもらって迷惑かけたんです」
それも3ヶ月間、わたしは気付いてなかったんだけど……。
わたしは笑って誤魔化すように言ったのに、マスターは、ふむ、と少し考え込むような仕草をしていて。
どうしたのかな、と思っているとすぐに、マスターは優しい笑顔を浮かべてわたしに言った。
「迷子になって泣いてたのかな?」
眼鏡の奥では悪戯っぽい目が覗く。
――…………?
「え……、泣いてませんよ?」
マスターの言葉に、ほんの少し、何かが引っかかるような気がした。
なんだろう?
考えようとしたとき、ふと背中に視線を感じて振り返ると、そこには怪訝な顔をした佐伯くんが立っていた。
「瑛もそろそろ休憩したらどうだ」
マスターに休憩をすすめられた佐伯くんは、ハッとしたような仕草をした後、「おまえ、何さぼってんだ」とわたしの頭に軽くチョップした。
「瑛!」
マスターにたしなめられた佐伯くんは、プイと顔を背ける。
わたしは少し首を傾げながらも、この場を何とかしようと咄嗟に話を変えた。
「こ、このケーキ、すっごく美味しいです!」
「よかったね、瑛」
「え?」
「それは瑛が作ったんだよ」
その言葉に驚いて、佐伯くんとお皿の上のチョコレートケーキを交互に見る。
なんだよ、と眉を顰める佐伯くんに、わたしは慌てて手を振った。
「ううん。こんな美味しいのが作れるなんて、佐伯くんはすごいと思って」
口の中には、チョコのやさしい甘さが広がっている。そして、ふんわりとしたほろ苦さもわたしにはちょうど良い。
はるひと時々、美味しいと評判のスイーツの人気店へ学校帰りに寄ったりするけど、わたしはこの佐伯くんのケーキの方が好きかも。
「甘さもちょうど良くて、コーヒーにすごく合うね。ホントに美味しい!」
また佐伯くんのことを1つ知った。それが嬉しくて、わたしは自然と笑顔になってしまう。
「……はいはい。美味いのは当然」
彼は視線を逸らし、澄ました感じでキッチンへと入っていった。
佐伯くん、ちょっと照れてる?なんて思ったけど、やっぱり気のせいかな。
でも……。
わたしはだんだん気がふさいできて、フウと大きくタメ息を吐いてしまった。
「どうかしましたか?」
マスターに心配そうに訊かれ、ついうっかりわたしは正直に答えてしまう。
「わたし、佐伯くんに手作りのお菓子をプレゼントしなくて良かったです」
大恥かくとこだった、と思いながら真面目に答えると、マスターからは盛大な笑いが返ってきたので、わたしは赤面してしまった。
だって。
だって、好きな人がお菓子作りもプロだなんて!
……ずるいよ。