GS2 long

□vol.7 波跡
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どうして泣いてるの?

ねぇ、きみは人魚なの?


 
――俺の「人魚」


遠い遠い切ない思い出



(Photo by Natuyumeiro)



目を開いてゆっくりと見上げれば、そこにはいつもの見慣れた天井がある。
 
――久しぶりに見たな……あの夢。

まだ忘れていなかった自分に安堵し、そして少しだけ呆れた。
  
俺はゆっくりと立ち上がり、窓を開ける。
明け方特有の、爽やかで少し冷たい海風が頬を撫でていく。

窓辺に座り、静かに響く波の音に耳を澄ませながら、海を眺めて大きく息を吸った。


今日は9月1日。
また学校が始まる。




俺は幼い頃、ある夏の夕暮れに一度だけ人魚に出会った。

彼女に本当に尾びれがあったわけでもない。 
じいちゃんから何度も聞かされていた人魚の話に、海辺で出逢った彼女を重ねてしまったのか。
どうしてなのかわからないし憶えていない。

でも俺はその子のことを「人魚」だと思った。
 

黒い大きな瞳から幾つも幾つも零れ落ちる涙。
人魚はただただ泣きじゃくっていた。
 

――どうして泣いてるの? 
 ねぇ、きみは人魚なの?



思わず訊ねてしまった俺を見つめ返す潤んだ漆黒の瞳、涙に濡れた睫毛。
空も海も赤く、キラキラ光る黄金色の波面。

その光景は俺の幼心に強く焼きつけられ、そしてそれは俺の初恋になった。


人魚は、自分と同い年ぐらいの迷子の少女だった。
その後すぐに何処かへ引っ越してしまい、あの夏以来一度も会ったことがない。


――でも、僕ならきっとみつけるよ

 
考えてみたらよくあんなことを言ったよな。
子供だったんだなと思う。
名前も何も知らない彼女に、きっと見つけるから、と俺は言った。


――この海で、また逢えるように


再会を誓って、彼女にキスをしたあの日。

約束――


窓辺に座ってただ海を眺めていると、いつか彼女が泳いでくるんじゃないかと真剣に考える俺はおかしいと思う。  
彼女はもう忘れてしまったかな……。

もう何年も続いている期待と失望の繰り返し。

 
――若者は来る日も来る日も海を眺めてすごしました。
 

こうして彼女が現れるのをただ待っているだけの俺は、あの話の中の若者のようだと思う。

それでも……。


俺は彼女に逢いたいと願う。



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