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□vol.5 恋の花火大会
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毎年8月の第1日曜日は花火大会が行われるらしい。
今日、8月6日はまさに第1日曜日。

そして、
いつもの日曜日と同じく、珊瑚礁は定休日だった。



(Photo by Natuyumeiro)


絶対、今日は「浴衣喫茶」の日なんだ、と思っていた。

よく考えてみたら、珊瑚礁は日曜が定休日。
それをわたしは、扉に掛かった「CLOSE」のドアプレートを前にするまですっかり忘れてたバカ。

「っとに、おまえってボンヤリだな。バーカ」
「もう!バカだからってバカにしないでよね」

自分でもバカだと思ったけど、なんか人に言われると腹が立つ。
ムッとして佐伯くんに言い返すと、彼は、プッと吹きだした。

「アハハッ!なんだよ、それ。笑える」

うう。別に笑わせるつもりで言ったんじゃないのに。

わたしのセリフがよっぽどツボに入ったのか、しばらく佐伯くんはわたしの横で笑っていた。

「そんなに笑わなくてもいいじゃない」

佐伯くんに訴えてみても、悪い悪い、と口で言うだけで、顔はまだ笑ってる。

もう、別にいいけどね。

でも……。

――佐伯くん、そんな風に笑うんだ。はじめて見た……。

王子様スマイルもステキだけど、そうやって屈託なく笑う佐伯くんの方がずっといい。
わたしは彼の笑顔にドキドキしていた。

 
「なんだか楽しそうだね」

わたしと佐伯くんが片付けをしている倉庫にマスターが姿を見せる。
定休日は、倉庫の整理など在庫チェックをする日なんだそうだ。

今日はマスターに言われて浴衣を持ってきたんだけど、一体どうしてなんだろう。

もしかして、みんなで花火大会にでも行くのかな、なんてちょっと期待してしまう。


「海野さん、わざわざ出てきてもらってすみませんね」
「いえ、大丈夫です。でもマスター、浴衣って――」

しっ、という風に口に人差し指を当てて、マスターがウィンクをした。
そのマスターの仕草を見て、わたしも慌てて口をつぐむ。

え、何?と怪訝そうに訊ねる佐伯くんに、マスターはサッとメモを差し出した。

「瑛。悪いが、買出しを頼むよ」
「あ、ああ……わかった。切れてるのはこれだけ?」

商店街で全部済むな、と佐伯くんがメモを確認する。

彼はマスターと一言二言、言葉を交わした後、フロアのモップがけをしているわたしの横を通る。

「海野。俺がいないからってさぼんなよ」

わかってます、とわたしは佐伯くんに向かってべーだ、と小さく舌を出した。
佐伯くんはわたしを見て面白そうに笑いながら、扉に向かって歩いていく。

「混まないうちに急いで帰って来るんだよ」

マスターの言葉に、了解、と返して佐伯くんは珊瑚礁を出て行った。

そうして彼がいなくなると、優しい笑顔のマスターが今度はわたしに向かって言う。


「さて、と。ではお嬢さん、ゆっくり浴衣に着替えていいですよ」
 


 
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