『朝霞小話』…おわりの空は青白銀の誓い…

□二章〜誰が誰の何を知る?〜
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「香鈴っ!! 何してるのっ!!」
「桔璃は黙っててっ!!」
「でも、秀れ…」

 まだ何か言いたげだったが秀麗に睨まれ桔璃は押し黙った。

「もっ、申し訳ありませんっ!! …私、わ、私……秀麗様に何ということを……」

 蒼白になりガタガタと震えだす香鈴。

「だ、大丈夫よ。香鈴、落ち着いて。」

 あわてて、秀麗は香鈴をなだめた。

「何事ですかっ?」

 隣りの室に控えていた珠翠が、茶碗の破れた音を聞いて現れ、状況を見てとった。

「珠翠、香鈴を叱らないで。私は大丈夫です。お茶が衣にかかっただけ。怪我もしてないわ。」
「秀麗様‥。」
「だから、香鈴を落ち着かせてあげて。―――ほら、香鈴も泣かないで。あなた疲れているのよ。ここ2〜3日私達に夜遅くまで付き合ってくれてるじゃない。お茶は明日の朝また入れてね。今日はもう休みなさい。」

 秀麗がなだめるほどに香鈴の目からは涙が溢れてきていて、実は内心秀麗の方が焦っていた。

「香鈴、かわいい顔が台無しよ。これで涙を拭いて。」

 手拭いを差出すが、受取ることもできなくなっている様で、秀麗は香鈴の頬をつたう涙を拭った。

「しゅ‥れ麗っ…っ様。‥‥うぅっ…っ本当にもっ、‥‥申し訳あっ………っりませ‥‥っ…‥」

(うわ〜、しゃっくりまで出ちゃってる。マズいわ。)
「珠翠、香鈴を頼みます。」
「わかりました。香鈴、こちらへ来なさい。」

 が、ほとんど動くことも出来ない状態の香鈴だったので、珠翠は手を引いて室から連れ出した。

「ふ〜ぅ。大丈夫かしら、香鈴。」
 額の冷汗を手で拭いながら秀麗は呟いた。

パチパチパチパチ―――。

 背後から何やら拍手の様な音が聞こえる。

「スゴーい、秀麗。初めて見る光景だわ〜。キサキが、アンナ風にジジョをナダメルなんて〜。これで、あの娘、あなたに一生ついてくって言い出すかもね〜。」
「もー、桔璃ったら何言ってるのよ。棒読みで。」
「ささっ、そんな事より橘香茶、橘香茶〜。―――あっ、秀麗。破れた茶碗触らないの。手切るわよっ。」

 破片を拾いかけていた秀麗は桔璃を見る。

「片付けくらい、自分でするわよ。いつまでも、このままにしとけないでしょ?」
「それは、侍女の仕事よ。あなた『貴妃』でしょ。もし指でも切ったら、罰せられるのは侍女よ。たとえ彼女たちが知らない所で、あなたが勝手に怪我してもね。そこの所わかってる? 珠翠が戻ってくるから任せなさい。」

 いつになくキツい桔璃に秀麗は驚いた。

「……わかったわ、桔璃。」

 秀麗は元硝子茶碗だった物を拾うことをやめ、お茶で濡れた衣を脱ぎ椅子にかけた。

「早くぅ、秀麗〜、お茶入れて〜。」

 ニッコリ笑顔の桔璃を見て秀麗は呆れた。

「桔璃? さっきと言ってる事が何か違う気がするのだけど、私の聞き間違いかしら? 私って一応『貴妃』よね?」
「だって、秀麗の入れてくれたお茶美味しいんだもの。」
「橘香茶は誰が入れても同じよ。湯もいい頃合の熱さだし。」
「秀麗が入れてくれるっていうのがいいの。ね!? ね!! お願いっ!!」

 なにげに、秀麗は桔璃がニッコリ笑顔で言ってくる地味なワガママに弱かったりする。
もちろん、お茶を入れる程度の地味なワガママだからではあるが。

「桔璃って、ホンっトーに橘香茶好きよね〜。目の輝きが違うわ。」

 茶碗に茶葉を入れ湯を注ぐ秀麗。

「当たり前じゃないの。私ずーっとこのお茶で育ってきたのよ。いきなり別の物に変わった時は愕然としたわ。今まで知らなかったけど橘香茶って美味しいお茶だったのね。それから知ったの。『特級品』は賄賂になるって。」

 秀麗が一瞬止まったのは言うまでもない。

「―――今の話、二度と私の前で言わないでね。桔璃。」
「え!? 秀麗怖い目してるぅ〜。エガオ〜、笑顔〜。」

 秀麗は今夜何度目かの大きな溜め息をついた。
やっぱり疲れているのだ。
そして、しみじみ実感した。

(本当にこの天然美人は後宮しか知らないのね。しかも上流の。万一追ん出されたら野たれ死にそーだわ。)

 目の前には、まるで尾を振る子犬のようにして茶葉が開くのを見つめている桔璃がいる。

「桔璃。もしあなたが後宮から身一つで出なければならなくなったら、うちに来なさいね。」
「え、何? 秀麗。」
「―――ううん。何でもないわ。」
「あっ、開いたわ。飲み頃飲み頃ぉ〜。ふふふ、まさかここで飲めるとは思わなかったわ〜。沙里が宿下がりしちゃってるから、今一番の入手経路が絶たれてるのよね〜。」



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