『朝霞小話』…おわりの空は青白銀の誓い…

□二章〜誰が誰の何を知る?〜
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【夜、秀麗の室】


 その日の夜も秀麗と桔璃は特別課題に追われていた。
が、どうやら物語は一通り網羅し終えた様で、あとはひたすらに書くのみであるらしい。
 秀麗付きの侍女の香鈴は今日二本目の墨を磨り終わって三本目を取ろうとしたがやめた。

「秀麗様、休憩されませんか? 私、お茶の準備を致しますわ。」
「―――あ、……そうね。お願い、香鈴。わるいわね、墨まで磨らせちゃって。」
「いいえ、とんでもございません。私は秀麗様の侍女ですから。」

と言って香鈴は室をあとにした。
 ここ毎日、香鈴は秀麗たちに深夜まで付き合っているにもかかわらず、
疲れは感じさせず、毎朝とびきりの笑顔で秀麗の前に現れる。
 歳の頃は、13〜4歳くらいだろうか。

「ねぇ、桔璃。香鈴ってかわいいわよね〜。『美少女』ってあの子のためにある言葉って思えるじゃない。」

 筆を置き両手で頬杖をついて完全に休憩体勢に入っている秀麗は桔璃に話かけた。

「そーぉ? フツーじゃない?」

 桔璃は筆を止めることなく答えた。

「フツーっ!? 桔璃、基準高過ぎー。」

 溜め息をつく秀麗。

「まぁ、仕方ないわね。後宮暮らししか知らないんじゃ〜。………香鈴がフツーなのね……」
「私は、秀麗のがいいわ。」
「は!?」
「秀麗のが、あの娘より魅力あるって言ってるの。」

 もちろん、書き続けながら淡々と語る桔璃。

「……。前言撤回。桔璃の基準ってよくわからないわ。―――ん!? もしかして、自分自身が美人だと、そーではない方がいいって言う、逆ナイ物ネダリの感覚?」
「考え過ぎよ、秀麗。それより早く手を動かして。今夜中にあと二冊終わらせるのでしょう?」
「あ、……はい。」

 何だかいつもと今日は、立場が逆転している。
 一緒に課題をやり始めて秀麗は思ったが、桔璃は普段物凄くヤル気なさそーなくせに、いざ始めると恐ろしいくらいに集中力があり、それを裏付けるかの様な体力がある。
 実は、一番バテているのは秀麗だったりする。
 香鈴が『休憩されませんか。』と言ったのは、筆の進みが遅くなり、時折、止まっている様子の秀麗を見たからである。

「秀麗様、花茶を持って参りました。しかも、橘香茶ですよ。珠翠様が奮発して下さいました。『お疲れだろうから、ちょっとした贅沢をお楽しみ下さい。』との事です。」
「まぁ、うれしいわ。あとで、珠翠にお礼言っとかなくちゃ。」

 珠翠とは、筆頭女官である。つまり、後宮運営の最高責任者である。
 歳の頃は27〜8歳で、歴代最年少の筆頭女官であるらしい。
 もちろん、美人である。
例えるなら、凜とした白百合の様なとでも言おうか。
 秀麗は香鈴がお茶の用意をしている卓子の方へきて近くの椅子にかけた。
 茶葉の入った硝子の茶碗に湯が注がれていく。

「茶葉は四つもあるのね。香鈴、あなたも頂きなさいね。」
「え、私は…」
「遠慮しないの。私が許すわ。他には桔璃しかいないし、皆には内緒よ。」
「でも…」

 侍女である香鈴は少々戸惑った。
 実は、直接の側付きの侍女職は初めての香鈴であった。
今までは、女童ということもあり、側付き侍女の下とか役付き女官の下であった。
が、そのことを差っ引いても秀麗はこれまでの目上の人とは、何か根底で違う。

「なら――」

と秀麗は、茶葉を取りだし茶碗に入れ湯を注ぎだした。

「はい、香鈴。あなたの分よ。ここにかけなさいね。」

 秀麗は、椅子も用意した。

「秀麗、それ『私の入れたお茶が飲めないってゆーのっ。』って事?」
「あ〜ら、桔璃。何てコト言うの。ホホホホホ〜。」

 区切りがついたのか桔璃も、お茶の準備が進む卓子の方へ来た。
 香鈴は、そろそろ茶葉の開いた先ほど湯を注いでいた茶碗を茶托にのせ、秀麗の前に置こうとした瞬間――――

「あっ―――」

 茶碗は香鈴の手から放れ弧を描き、お茶と茶葉は秀麗に向かって飛散った―――。




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