昨日の夜、兄さんは帰って来なかった。そのまま空は闇にふけ、そしてまた日が昇る。その繰り返し。 「……もう夕方か」 窓の額縁に収められた、オレンジ色の空を見上げる。足元には先程込まれた洗濯物。兄さんの分も、ちゃんと畳み終えた。兄さんが居なくても、たいていの事は一人で熟せる。暗い夜も怖くはないし、寂しくもない。 何か物足りないような気がするだけ。多分、あった方が落ち着くけれど、無くても大丈夫なもの。 今日も、帰ってこないのかな。 そう、積まれた洗濯物に視線を落とした時だった。ノックもなく扉が開かれる。帰って、きた。 「兄さんっお帰りなさ…、っ!?」 入って来たのは、確かに兄さんで。服は出掛けて行った時より所々破けてしまっているけれど、確かに兄さんが帰って来た。 でも、 誰よりも強くて、誰よりも格好良くて、誰よりも優しい兄さんが、泣いていた。 「…兄さ」 「っ!!」 俺が呼び終わるよりも早く、兄さんは顔を背け部屋に入って行ってしまった。間もなく兄さんの部屋から大きな音がして、それが嘘のように静かになった。 「…兄さん?」 恐る恐る半開きのドアから中を覗く。兄さんは枕に顔を押し付けて、ベッドに俯せになっていた。 「兄さん」 「入って来るな」 「……ごめんなさい」 初めての拒絶は、とても弱々しかった。俺は先に謝り、入って来るなと言われた部屋に足を踏み入れる。 「………」 「………」 それでも何も言ってこない兄さんに、ゆっくりと近付く。 「…兄さん?」 それ以外何も言ってあげられない自分がもどかしい。 いつも、助けてくれる兄さん。どんな時でも、俺に笑い掛けてくれる兄さん。その兄さんが泣いているのに何も出来ない。自分の非力さを恨んだ。 「…ごめんなさい…」 兄さんの泣き声が吐息に変わった頃、俯いて、それだけを呟いた。 「……ヴェスト…」 「!?」 兄さんに呼ばれたかと思えば、頭にずっしりと重く乗せられた温もり。顔を上げれば、兄さんが頭を撫でてくれていた。 「…ありがとう」 その顔はまだ枕に埋もれていて、表情は判らなかったけれど。その声が教えてくれる。 「…兄さ……兄さん…」 お帰りなさい。 誰よりも強くて、 誰よりも格好良くて、 誰よりも優しくて、 誰よりも俺を愛してくれる。 どうして、心が痛むのかな 貴方の弟になれて、よかった。 「おっ、おい泣くなよ!!」 「…うう…兄さんっ…」 |