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「綾部くーんっ」


この季節にしては珍しく、雨が続いている三日目。もう聞き慣れた、飛んでいってしまいそうに柔らかい声が私を呼ぶ。


畳に寝転がり肘を付く。その上に乗せていた顎を上げ、開け放たれた障子戸からひょいと顔を出せば、続く廊下の先に嫌でも目立つ明るい髪を見付けた。

その人はぶんぶんとこちらに手を振りながら、廊下を軋ませ走ってくる。



「おはよう、綾部くん」



「おはようございます、タカ丸さん」



少し肩を上下させつも、その笑顔は相変わらず。体力がないのならゆっくり来ればいいのに、とも思うが、これがこの人らしいといえばらしい。


授業のない雨の日、タカ丸さんは私の部屋に来る。まあお目当ては私であって私ではない。



「うわーっ、はねてるねぇ」



そう、私の髪にご用なのだ。




「そうですか?別に気になりませんけど」


「ダメだよー、痛んでからじゃ遅いんだから!!」



手入れを断っても、用を済ますまで帰らないのは実証済み。私としては帰らなくても構わないが、委員会から帰ってきた滝ちゃんとタカ丸さんとのやり取りを聞くのは、どうも面白くない。


雨が降っていては外にも出させてもらえない私にとって、髪を触られるなんてたいした事ではない。

タカ丸さんが、持参した髪結い道具を広げる様子を横目に、また雨空を見上げた。



「綾部くーん、昨日一年生の授業に出てねえ。宿題貰っちゃったんだけどー」


「そんな昔の事、覚えてません」





他愛もないやり取り。


ただ、滝ちゃんや三木の時とは違うそれは、少し胸を締め付ける。





そういえば、七松先輩や潮江先輩は今年卒業か。五年生は六年生になり、私達は五年生になる。



滝ちゃん、寂しいのかな。七松先輩の事、大好きだもんなあ。


三木だって、何だかんだいって潮江先輩のこと尊敬してるみたいだし。





「…………」



この人はまだ、来年も此処に居る。確証はないけれど、七松先輩達みたいに卒業はしない。




「…ん?どうしたの綾部くん」


「え?」



ああ、どうしたのか。雨空を見上げていた顔は、いつの間にかタカ丸さんの顔を見つめていた。

なにか付いてるかな?と空いている手でわたわた顔を探るタカ丸さん。


その様子が何故か懐かしくて、気付かれないくらい小さく、溜め息を零した。





奇跡と呼ぶには程遠いね





貴方が歳の通り入学していたら、今となりには居られない。



何という偶然でしょうね、




 

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