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「菊さん」




もう真夜中。


けれど貴方は眠らずに、花の散ってしまった桜の木が、月に照らされる様子を静かに眺めている事でしょう。




「菊さん」




もう一度、襖の向こうの貴方を呼びます。


返事はないけれど、きっとお聞きになっている事でしょう。それともお休みになりましたか?それならこれは、私の独り言です。お気になさらず。




「菊さん、どうかお気を確かに」


貴方は負けてしまいました。貴方はたくさんのものを失いました。けれど貴方は此処に居ます。


それはどれだけ悔しい事でしょう。どれだけ苦しい事でしょう。けれど、菊さん?


私は今が、堪らなく嬉しいのです。貴方に申し上げたら、怒鳴られてしまいそうですね。それでも私は、貴方が此処に居る今が、堪らなく幸せなのです。



「菊さん、お帰りなさい」





次は、貴方が幸せになる番です。貴方は天の為にとても頑張りました。それだけで十分です。天も許して下さいましょう。





だから、お願いします。





笑顔を忘れちゃダメだよ





「……桜さん、ただいま…戻りました」




 

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