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ああもうみんな、判らず屋。



「綾部の、だろ?」


「異端だな…」



何とでも言えば良い。私は私であって、それ以外の何者でもないのだから。


父から受け継いだ忍耐力。母から受け継いだ異国の血。私はそれを抱き今この門をくぐった。


くぐった途端にこれだ。




空はいつもと変わらず青々とその姿を晒しているというのに、何故私は疎まれなければならない?人の世とは狂ったもの。


ああ穴があれば入りたいとは、誰かの聞き間違い。穴があれば埋め立ててみたい、この愚かたる感情を。




「…………」


取り敢えず溜め息をひとつ零して、初めての教室へ足を運ぶ事にした。







教室は学園の歴史だけ古びていたが、その傷さえも和の趣をより一層引き立てていた。



「…………」


四方八方、人、人、人。何故私はこんな所に放り込まれたのか。父上は私を必要として居なかった。更なる忍耐力を付ける為、と荷物をまとめさせられたが、あの方はそんなもの私には期待していない。


いっそ、縁を切って忍者になってしまおうか。




そんな事を考えていると、担任らしき男が教室に入ってきて、学園の説明を始めた。







昼休み。私はひとり、ふらふらと、まだよく理解しきれていない校内を気の向くままに歩いて居た。

空は憎たらしくも影ひとつ見せず、私を見下ろして居る。


私は空を仰ぐと、今日何度目か知れぬ溜め息を零す。





これから六年間、此処でやっていけるのだろうか。それは、不安などという生易しいものではない。



ああ、愛を交わしたあなた方にお恨み申し上げます。私など、その場で殺めてしまえば良かった。どうせこんな檻に放り込むならば、私など殺めてしまえば良かったのに。




そうこうして居ると、向こうから数人の人影がこちらに近いて来た。正確には、私にではなく、私の居る方向に、だが。


顔も判るくらいに距離が縮まれば、人影の忍装束の色もはっきりと確認出来た。赤み掛かった紫色。四年生。



私は目を合わせまいと再び空を見上げた。別に怖いとかいうものではなく、必要ないと思ったから。興味もないし興味を持った所で何が出来る訳でもない。


後数間{間(=1.818 m)出典: Wikipedia}。通り過ぎる、筈だった。





「おい、一年」




ああ、人の世とは狂ったもの。


とぼけようかと思ったが、生憎辺りには私と相手…一年と呼ばれるような人物は他には見当たらず、私が答える他になかった。





「はい?」





私の返事を聞くや否や、相手は何が気にくわなかったのか舌打ちをした。見ず知らずの他人にそこまでされる筋合いはないと言ってやりたかったが、更に面倒になりそうだったので口をつぐんだ。





「先輩に挨拶もなしかよ」




そうもうひとりの"先輩"が問い掛けてきて、やっと用件が飲み込めた。この二人は、後輩の私に挨拶をして欲しいらしい。


人間という奴は。


して欲しいなら、自分からすれば良い。私はして欲しくないからしなかった。それだけの事が何故判らない。



「…………」





尚私が口を開かないでいると、最初に話し掛けてきた"先輩"が数歩足を進めて、私の忍装束に手を掛けた。首元の空色に皺が寄る。




「何か」



私にしては柔らかく言ったつもりだった。相手の怒りは眉間に皺を寄せるだけでは足りなくなったようで、空いている右手が振りかざされるのが見えた。空が、隠されるのが見えた。







ドゴッ







今まで聞いた事のないような打撃音が、すぐ目の前でした。それと同時に、隠れていた空はまた青々と。





「−−ってぇ…っ」





私の足元に頭を抱え倒れ込む"先輩"。その頭の上には、奇妙な彫刻が転がっている。





「おーい、それ取ってくれ。一年い組、綾部喜八郎」





彫刻が飛んできた方向から、私を呼ぶ声がした。ゆっくりとそちらを見れば、少し淡い緑色が手を振っている。


ただ見つめていると、やれやれといったように緑色は近付いて来た。徐々にはっきりするその姿に、自分の喉が鳴るのを感じた。





「その学園長先生のフィギュア、取ってくれ」




半分としない内に私のすぐ隣りへ着いたその人は、彫刻を指してそう促した。


私は、相当痛かったのだろう、あたふたするばかりのもうひとりを背に未だ起き上がろうとしない"先輩"の頭上に転がる彫刻、改め学園長先生のフィギュアを手に取り、手渡した。





「ありがとう」





淡い緑色の忍装束。黒く綺麗な髪を後ろに揺らしながら、その三年生は笑った。



と思い出したようにその人は私から視線を落とす。そして心配する風でもなく、足元の"先輩"に笑い掛けた。


「あ、こんにちは。大丈夫ですか?先輩」





その声が聞こえたか、"先輩"は頭を摩りながらむくりと起き上がる。



「大丈夫な訳ないだろう!!突然そんなものを投げ付けやがって、喧嘩売ってるの、…か」


「そのような」



笑顔のままのその人に対し、"先輩"の顔色は目に見えて青冷めていく。そして、





「さ、三年い組立花仙蔵!!」



はい、という声を聞く前に二人揃って走り去ってしまった。ひとりは未だ頭を押さえながら。







「………」





「………」





「……綾部喜八郎」





残された私達に少しの沈黙が流れ、その人もとい立花先輩がそれを破った。



「はい?」



何だと首を傾げれば、立花先輩は何が可笑しいか口元を緩め微笑む。





「あの先輩方、お前に何だって?」





「ああ、挨拶を求められまして」





「そうか」





それだけを呟くと、立花先輩は私に背を向け、来た方向に歩き出す。



私はその場に立ち尽くし、先輩の背中を見ていた。時々、先輩の肩が揺れるのを見たが、私には何の事やら。












お前は本当に人間か?





一言済ませば、簡単なものを。



お前みたいなのは初めてだ。





実に、面白い。




 

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