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「喜八郎」


委員会活動の刻。資料に視線を落としたまま、後輩を呼ぶ。


しかし、返事はなく。


「喜八郎」


もう一度呼んでみたが、やはり返事はない。間を置いて代わりに返ってきたのは、似ても似つかない一年生の声だった。


「綾部先輩はまだいらしていません。立花先輩」


「………そうか」


今に始まった事じゃない。あれは遅刻魔だ。いや来るかどうかさえ怪しい、あれは怠慢魔だ。


普段なら放って置くところだが、今日は下級生の指導をするのに先生と二人では旗色が悪い。資料を閉じて、腰を上げる。


「斜堂先生、先に始めていて下さい。探して参ります」


そう言い残して、部屋を後にした。外はいつの間にか訪れた春に、産声をあげていた。



探すと言ったものの、あれの居る所など決まっている。脚は迷いもせず前進した。


「喜八郎」


校庭の隅に立つ、木が作る陰の中。一人用の蛸壷にそれは居た。


「…………」


すやすやと気持ちの良さそうに、寝息をたてている。起こすのが躊躇われそうな程それは穏やかな光景だったが、時と場合を忘れてはならない。


「喜八郎、起きているのだろう?」


「…………」


微動打にしないので、何処からともなく焙烙玉を取り出し、更に鎌を掛けてみる。


「喜八郎、これが何だかお前なら判るよな?そう、私の新作の焙烙玉だ」


「…………」


「…五秒以内に起きなければ、これに点火してお前に落とすからな。五、四、三、二、一…」


「…………」


流石は私の後輩といったところか。またもやぴくりともせず、目をつむっている。


このままでは貴重な委員会活動の時間が終わってしまう。これの思うようになってしまっては釈だ。

仕方がなく、膝を着いて起こしにかかる事にした。



「喜八ろ「おはようございます」


「なっ」



嗚呼、そういう作戦か。



細い腕が、近付いた私の顔を引き寄せる。


「起きていたなら返事くらいしろ」


「気が向いたら」





世界で一番、敵に回したくない相手だね



「離せと言っている」


「接吻の後に」




 

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