novel1

□猫の眼。
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 『東京』で大怪我を負った人たちがいた。
 身体は勿論、心まで、絆までずたずたに引き裂かれた。
 失ったものは大きく、得たものは何もない。


 触れると痛みを伴う、この国の雨。
 パラパラと降り始めた雨の中、防護服もなく、外に出ている金髪の男がいた。
 ポタっと、一粒の雨が開いた掌に落ち、その身を焦がした。


「……おい。中に入れ」


 背後から届く声。
 無言で自分の掌を見つめていたファイが、声の方向に視線を送ると、そこには黒鋼が立っていた。
 雨が落ちて焦げたはずの掌、そこにはもう何の痕もない。
 ファイはじっと黒鋼を見つめた。


「……、起きていて平気なの?」
「……ああ」
「怪我、治療しなかったんでしょ?」
「……いいから、さっさと入れ。それとも連れ戻されてぇか」


 黒鋼の怪我は酷かった。
 特に魔法による背中の火傷は、見るだけで痛々しい。
 それでも彼は治療を拒んだ。
 休もうとさえしない。


 雨音が段々と強くなる。
 黒鋼の口調は乱暴だ。
 ファイは、ふと右目だけで軽く笑った。
 踵を返して、建物の中へと足を向ける。
 黒鋼の前をすれ違う瞬間、突然黒鋼がファイの腕を掴んだ。
 行く手を拒まれたが、ファイは黒鋼に視線を向けない。


「何?」


 声だけでそう尋ねると、黒鋼はファイの手を離した。
 咄嗟に掴んでしまっていた。
 言いたいことは全て、今言葉にすることは出来ないのに。
 そんな黒鋼を見て、ファイは小さく笑った。


「変な人だね」


 失われた左目。残された右目。
 その残された右目からは、底無しに冷たい色を感じ取ることが出来る。


 これがこの男の本性なのか。
 それとも演技なのか。
 聞いたところで、答えなどどこにも存在していないのに。


「ねぇ、『黒鋼』」
「…………」


 ファイが黒鋼の名前を呼んだ。
 その単語の意味を、もう黒鋼は知っている。


「オレはもう止めたんだ」
「……何を?」
「……もう何も偽らない。……君が望んでいたことでしょ?」
「…………」


 ファイの視線が、真っすぐに黒鋼を捉える。
 その目は笑っていた。
 怖いくらいに、綺麗な笑みだった。


「……サクラちゃんの様子見てくる」


 ファイがくるりと踵を返した。
 そのまま、黒鋼を残し建物の中に入っていく。
 黒鋼がじっと見ていると、ファイは途中でピタリと足を止めた。
 振り返って、黒鋼を見る。
 その静かな視線に、黒鋼は少し前のファイを見た気がした。


「……、一つだけ」
「あ?」
「……君は信じないかも知れないけど」
「…………」
「オレは、…君に向き合ってなかったわけじゃないよ」


 それだけ、とファイは呟くと、そのまま建物の中へと消えていった。


 いつも柔らかな笑顔でありながら、常に人を遠ざけていたファイ。
 それはまるでもう癖のように。
 誰とも向き合おうとせず、隙も見せず、心の中を丸ごと殻に閉じ込めていた。


 黒鋼だけが気付いていた。
 その深すぎる心の闇と、笑顔の裏の冷たさに。


「…………」


 真実の彼を見てみたいと思った。
 そのはずなのに。


 どうして。
 どうして今は、少し前の彼の姿がその目に浮かぶのだろうか。


 黒鋼は答えの見つからない思考を止め、雨が強くなってきた外へと視線をうつした。
 この街はよく雨が降る。



End.
 なかなかインフィニティが完成しなかったこともあって、随分と更新が遅くなりました。
 当時のメモを探してみると、そのデータは20年4月のものでした(汗)
 約一年前の文は恥ずかしいですね(汗)

 東京編から、二人の関係は大変なことに……。私なりの見解で描いていけたらと思います。



2009.3.16

 

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