novel1

□この想い通じなくても、
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 みんなが寝静まった頃、一人リビングでマグカップを手にしたファイがいた。
 ピッフル国は平和な国で、少し前まで戦場で長い時を過ごしていたなんてまるで夢のようだった。
 窓から空を見上げると、小さな星が煌いていて。
 あぁ、世界は違っても星は一緒だな、なんて、ファイは小さく微笑んだ。


「……おい」


 突然背後から声がかかり、ファイは驚いて振り返った。
 完全に油断していたせいで、露骨に驚いた顔をしてしまう。


「ちょ、黒たん。驚かさないでよ。なんで気配消すのー?」
「てめぇこそ、何やってんだ、こんな時間に」
「……んー、喉が渇いちゃって」


 突然リビングに現れたのは、ラフな格好をした黒鋼。
 そんな黒鋼にファイは適当な嘘をついた。
 別に喉が渇いたわけでもなく、ただ単に寝付けなかっただけ。


「子供たちはー?」
「あ? 寝てるだろ。何時だと思ってんだ?」
「わかんない。あ、ひょっとして、もう朝が近いとか? 黒たん、それで起きたの?」
「そこまで早起きじゃねぇよ! どんなじじぃだ!」


 律儀に突っ込む黒鋼に、ファイは笑ってしまった。
 こういう会話が楽しいなんて言ったら、黒鋼はもっと怒るだろうけど。
 黒鋼は、そのまま二階に上がるかと思いきや、そのままファイの前の席に腰を下ろした。
 黒鋼も眠れないのかな。ファイはそう思って尋ねる。


「何か飲む?」
「お前は何飲んでんだ?」
「ココアー。チョコレートの飲み物だよ?」


 ファイがにっこりと笑って答えると、黒鋼は途端に眉をひそめた。
 よくそんなもの飲めるな、きっとそう思ったに違いない。
 甘いものが駄目な黒鋼は、こういうところもファイと対照的だ。
 ファイは笑って、キッチンへと向かった。


「珈琲は、……眠れなくなりそうだし。紅茶は? あ、抹茶…だっけ? あの苦いやつもあるよ?」
「珈琲でいい」


 黒鋼はため息と同時にそう答えた。
 大丈夫かな、眠れなくならないかな、ファイはそう思ったが、黒鋼専用のマグカップにブラックの珈琲を入れた。
 専用のカップとはいっても、ファイが勝手に専用に決めているだけだが。
 

 ファイは黒鋼のカップを手渡すと、元いた席に腰を下ろした。


「……眠れないの?」
「……別に。お前がちょろちょろしてるからな」
「えー? オレのせい? お姫様のこと考えてたんじゃないの?」


 知世と名乗る女の子に会ったのは、今日の昼のことだった。
 この国で羽根を手に入れるために参加する「ドラゴンフライ」、その主催会社の社長だ。
 黒鋼の仕える姫と、姿は同じ。
 ただ、中身が違う。


「あ? 昼間話したばっかだろ」
「同じ顔でも同じ奴とは限らない、ってやつー? それは勿論そうなんだけどねー」


 ファイはそう告げたまま、急に黙り込んでしまった。
 二人のときは、何かとファイが喋りたがるため、ファイが喋らないと急に沈黙が訪れる。


 ファイは甘い匂いの漂うカップを手に持ったまま、別のことを考えていた。
 同じ姿をした違う人間。
 そんな人たちが、たくさんいることは理解している。
 魂は一緒とでもいうのだろうか。
 特にこの国では、何故か過去に出会った人に出くわす回数が多い気がしていた。


 もしこの場所であの人に会ったとしても、ファイに分からないはずはない。
 ただ同じ顔をしているだけなのか、それともあの人なのか。
 気付かないはずがない。
 そこは絶対に間違いない。
 でも、もしあの人の姿を見かけたら。
 別人と分かっていても、その瞳を見てしまったら。
 平然とはしていられないかも知れない。


「……にしても、黒様のお姫様があんなに可愛い人だったとはねー」


 ファイは黒鋼にじっと見られてるのに気付き、にっこりと笑って黒鋼に尋ねた。


「あ? どういう意味だ?」
「なんか想像してた人と違ったっていうか……」
「はぁ? どんなやつ想像してたんだ?」
「……うーん、そう聞かれるとなんか困るんだけど……」


 ファイはふと考え込んだ。
 特に固定の人物を想像していたわけではないのだが、ただ単にあんなに幼い人だとは思っていなかったというか……。
 でもそれを言ってしまうと、黒鋼が不機嫌になるのが目に見えていたので、ファイは笑って誤魔化しておいた。


「お前は? 仕えてるやついねぇのか?」
「オレー? オレの場合は、お姫様じゃなくて王様ー」


 ファイは笑って、そう答えておいた。
 黒鋼がこういうことを聞いてくるのは珍しい。
 でも深入りはしてこない。
 ファイの過去に興味はないらしい。




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