short story

□くちづけは嫌いですか
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例えばおはよう、とか、おやすみ、とか。

まあ普段の生活でキスをするだなんてこれだけのものだと思っていた。
イタリアでは挨拶イコールキスな訳だし、だけど日本人といえばシャイなものではないのか?キスなんて普段するものか?

山本の場合、キスの回数が半端ねえ。
異国の血でも入ってんのかと何度も疑ったが、髪は黒いし親父さんだってどこからどう見ても日本人だし、そういう訳ではなさそうだ。

例えばありがとう、とか、ごめん、とか、大丈夫?とか、飯食ってる時とか、テレビ見てる時とか、たわいない会話の時とか。学校では人目がなくなればキスしてくる。
とにかく回数が尋常ではない。



「…、お前ってさ」


山本はいまだに気付いていないらしい。
なに?と訊きながら頬にキス。
何回目だこれ、なんだか悪い癖ってことでもあるのかなと考えてしまった。


「キス魔だ」


言い放つと、山本は、きょとんとした表情をした。まるで大型の犬みたいだ。
山本はキス魔だ。癖とかそんなんじゃ、ない。たぶん。


「嫌?」
「……しつこい」
「ごめん、でも俺これでも我慢してるほう」
「へえ、それでか?」


我慢?1日何十回、いやもしかしたら何百回なのに。
キスされるのは嫌、って訳じゃない。そりゃあ付き合って何ヶ月か経って、まあ何回か体を重ねたことだってあるし、キスなんか慣れた、ようなものだし。
山本が嫌いって訳でもないし。
むしろその逆…ってこんなこと考えてたらなんだか恥ずかしくなってきた。


「うわ」


髪を触られていたときに、急に山本にどん、と押されて、俺の身はベッドに沈んだ。
頭を挟むように山本の手が両側に置かれており、そして目の前には山本の顔。何すんだよ、と突き飛ばそうとしていた手を思わず引っ込めた。だって、この山本はヤバい。目が本気だ。
キス、されるな、そう思い目をギュッと瞑った。

けれど何秒経っても、鼻と鼻が掠っているだけで唇には感覚がない。
なんなんだ、まったく!
目を開いて、山本の唇だけを見る。こんな至近距離だから、気を失ってしまいそうだった。


「キス、するなら、早くしろよ…」


声が震えてる。もしかして緊張してるのかもしれない。さっきから鼓動が鳴り止まないのが自分でもよくわかる。

その言葉を合図にか、山本の顔がゆっくりと近づいてくる。
キュッと目を閉じた。


「………」
「…………」


唇と唇が触れ合うだけだった。
けれど、なかなか離れない。
訳がわからなくなって、呼吸が苦しくなって、目を開けば山本の瞳とぶつかり、またすぐ目を閉じた。
しばらくして、さすがに苦しくなってきたので山本の体を押した。


「…な、いきなり、何…」
「だから俺、今までは我慢してたって言ったじゃん」
「はぁ?意味わかん」



言葉の途中で、唇を塞がれた。

今度のくちづけは先程のとは全く違って、まるで、噛みつかれているような、深い深い。
いつもと全く違う山本に唖然としたのかただ単に恥ずかしかったのか、俺は全く抵抗できず山本のペースに流されているだけで。


溶けてしまいそう。
いちばん熱い唇から徐々に、ゆっくりと。




「はぁっ、はっ……」


ようやく解放されたか、そう思った矢先に次は首筋に山本の唇が移動した。
まだ息が整っていないし、意識がぼんやりしている、そんな状態なのに。


「………っ」


ちゅ、と軽く音を立てただけで山本は俺の方を見た。山本も同じように呼吸は少し乱れたままで、けれど余裕のある表情で。

にやり、と笑った。

…この悪魔からはもう逃げられない、とその表情を見た瞬間に思った。
そしてその悪魔は笑って言う。







「ごめん、実はキス魔なんだ」










end
このあとはごちそうさまです。
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