love story
□celtic
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薄いシーツにくるまって、狭いベッドの隅に丸まった。
静かな部屋には時計の秒針の音しか聞こえない。山本には背を向けているので、寝てるか起きてるかもわからない。
さっきまでの行為が、まるで嘘のようだった。
今まで知らない、山本の表情。
吐息が肌に触れるほどの、近い距離。
全てが初めてで、恥ずかしさのあまり、最中のことはしっかりと覚えていない。
のそ、と起き上がると、自分の好きな、心地よい低音が静かな部屋に響く。
どうやら、起きていたようだった。
「帰る?」
「………うん」
「送ってくよ」
「いい」
床に散らばった洋服を着る。なんだか身体が自分の身体じゃない、そんな感じがして少し気持ち悪かった。
未だに山本には背を向けたままで、背後からは服の擦れる音がした。
山本も服を着ているのだと音でなんとなく感じとった。
振り返れば案の定、山本はもう着替え終わっていて、薄いシャツを羽織って家の鍵を手にとった。
「やっぱり送ってくよ」
…なんだか目が合わせられなかった。
もう一度断る気にもなれなくて、ちいさく頷けば山本は先に部屋を出て行った。
俺もそれについて部屋を出る。
その前に一度部屋を見たが、薄暗くてシーツの散らばった生々しい部屋は、いつもの見慣れている山本の部屋ではないような感じがして、しかも自分達が先程までそこにいたと思うと不思議な気がした。
帰り道はいつもとは全然違って、ほとんど無言の状態だった。
無言といっても、山本が何か喋って、俺がああ、とかうん、とかそんな一言を返すだけ。
いつも繋ぐ手も、今日は繋がなかった。
山本が手を差し伸べたが、それを無視した。
それから俺が不機嫌だということを察したのか、さらに無言になる山本。
とうとうマンションに着いた。
じゃあ、とだけ言い、背を向ける。
「…ごめんな」
ポツリと呟いて背後から抱き締められた。
心臓が、とくり、と鳴って、気付いたときにはそれを振り払っている自分がいた。
「……、やめろよ」
「…ごくでら」
悲しそうな顔の山本を見て、胸がチクリと痛む。
ああ、駄目だ。
くるりと背を向けて、マンションの中へ走って行った。
部屋に着くと、服を脱いでシャワー室に直行した。
ベタついて気持ち悪い身体を、水で洗い流していく。
先程まで山本がこの身体を触れていただなんて、少し信じられなかった。
自分のまだ知らなかった世界。
今までに初めて見る山本。
それはいつも俺を見ている表情とは、全く違うように感じた。
そして、まるで自分が自分じゃなくなっていく、そんな感覚。
…それが、怖かった。
恋人同士というのは、いずれは身体を重ねるっていうこともわかっていた。
俺もそれを望んでいない訳ではなかった。
少し戸惑ってしまったのかもしれない。
けど、もう、山本を振り払い、冷たい態度を取ってしまった。
そんなの、拒んだも同然で。
最低だ、俺。
シャワーを浴びた後、携帯を見れば何件かの着信があった。
メールは
¨ごめん。会って話したい¨
一通だけ届いていた。
それを見た直後、聞き慣れた着信音が鳴り響き、画面には山本の名前。
通話ボタンを押そうと思ったが、なかなか押すことはできなかった。
話ぐらい、すればいいのに。
このままじゃあ、山本がどんどん遠ざかっていってしまう。
でも、自分のくだらないプライドがどうしてもそれを許せない。
着信音が消えてから、携帯をマナーモードにしてベッドに寝転んだ。
ああ、もう、嫌われたかな。
正直身体を重ねた直後にこんな風になるとは思っていなかった。
そもそも、こんな空気にしたのは俺だけど。
抱きしめていた枕にぎゅっと力を込める。
それから、いつの間にか眠っていたみたいだった。
窓の外を見ればすっかり暗くなっていた。
カーテンを閉めようと立ち上がり、外を覗くとマンションの入り口には見覚えのある人影があった。
……ばっかじゃねえの。
自然と足が動いて、エレベーターに乗り込む。
入り口まで行けば、山本が柱にもたれかかりしゃがみ込んでいた。
「……やまもと」
「…獄寺…」
「お前、もしかしてずっ」
ずっと、ここに居たのか、と言おうとしたけれど、山本が抱きしめてきて何も言えなくなった。
温かくて、安心する匂い。
「…ごめんな」
「……な、にが」
嫌われたのだと思い込んでいたから、それが嬉しくて堪らなかった。
じわ、とこみ上げる涙をこらえて、背中に手を回した。
山本の温かさが伝わってくる。
ほんの数時間不安になっただけなのに。
つくづく俺ってコイツにぞっこんだな、と思った。
「…正直さ、余裕なかった」
「………」
「獄寺の、反応見てたら…全部、吹っ飛んでた」
「え…?」
「うまく加減も出来なくて。怖い思いさせちまったかもしんねーな。ごめんな」
ばか、とだけ言い顔を山本の胸にうずめた。
山本が怖かった訳じゃない。
正直、嬉しかった。関係がもっと近付いたのだと、思って。
「獄寺…」
「…そんなの、もうどうでもいい、から…」
…いつだって、そばにいてよ。
心の中で、そう呟いた。
end
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